私の読む「源氏物語」ー60-夕霧ー3
落葉宮はこのまま小野に住みついて出家をしようと思うこともあったが、父の朱雀院にそのことを誰かが伝えたのであろう、
「出家とはあってはならない事である。それは、夕霧が貴女を恋していることを聞いているが、再び夫を持って、色々とやかくやと人に言われて、今更人妻となって身を固めることではないけれども、誰と言って、世話してくれる人のない者が、そんな尼の状態になったなら、却って思いもかけないような浮名が立ち、現世でも安穏でなく、後世でも浄土往生できず、どちらも中途半端で、世間の人に非難されるだけである。父が、このように出家した上に、三宮が自分と同じに出家して、墨染の衣に身なりを落としてしまい、そこに貴女が出家をすれば父には出家ばかりの子供達で子孫のないように世間の人は思うであろう、此は世を捨てて出家をした者が悩むことではないが、時分の子供達が、次々と出家をするというのも異常というものである。仏道もなく世の中が嫌になったと言うことで世を避けるのは、出家をしないよりは見苦しいことである。自分の心と、悟り知る所があって、もう少し気持を落ちつけて考え、冷静になってこそ、出家するなり、せぬなり、貴女が決めればいい」
と何回も朱雀は娘に文を送った。朱雀は夕霧と落葉宮との噂を聞いていたのである。タ霧と浮名を立てたような関係が、思うように行かないのに、落葉宮が気をくさらせた故の出家である
と、人から言われるであろうと、朱雀は思ったのである。と言っても、落葉宮が公然と晴れて、タ霧に連れ添うことも、それも軽々しいことで、面白くないと、朱雀は思うが、そのことをはっきりと言えば落葉宮が恥ずかしく思うであろうと、可愛そうであり、タ霧との浮名が気の毒なのに、自分までが噂を聞いて口出しする必要があろうか、夕霧との関係は、落葉宮には決して口を出さなかった。
夕霧は今までとやかくやと、落葉宮に、積極的に言い寄ったけれども、見込みがない。落葉宮が、あの堅い気持で自分を許すことはないとすれば、二人の関係は御息所は御存命中から御承知なのであって、二人の仲を人に言ったのではないか、今となってはどうしようか。亡き御息所に少しぱかり、タ霧を落葉宮に忍ばせてしまった非難を押しつけてしまおう。今更若返って、恋にうき身をやつす様子で、泣きの涙で、落葉宮に、つき纏うとしても、それも子供っぽいであろうと、考えたすえに、落葉宮が本邸の一条宮に帰りなさる日を、いついつの日と決めて、亡き御息所の甥である大和守を呼んで、落葉宮が帰るに当たって当然、必要な用意を告げ、一条宮の殿内を清掃もし修理もし手入れをして、あのような立派な邸と言っても、柏木在世中と違って手入れも届かず今まで女同士は、草深いままに住んでいたのを磨いたように、飾り立て、タ霧の気遣いは、母屋と廂の間などに壁の代りに垂れる幕、屏風、几帳、貴人の御座所で二重畳に敷物を置く御座などまで気を配りながら、大和守に命じ、その準備万端をするように一條宮に行かせた。
落葉宮が小野の山荘を離れて一條宮に帰ってくる日、夕霧は一條宮にいて迎えの車と前駆の御供を、小野にさしむけた。落葉宮は、もう帰らないと、思うのであるが、女房達が言葉を尽くして勧め、大和守も、
「移りたくないとの仰せは、今更お許しは出来ません。今の悲しいお気持ちは私は充分お察しいたします、宮のこの心細く悲しい間私の御奉公は、私の力のできるだけの事をしてきました。然し、今はもう任国の大和国の用事もこざいまして大和に出向かなければなりません。然し、一条宮の世話についても、私が考えて見ても任せる人がおりませず、わたしの大和下りは、全く無責任であり、どうしたものであろうかと、心配していましたが、こんなに、宮のことを色々と、タ霧様が気を使ってくださって、せっせと御世話をなされまするからそれで、私も安心であります。タ霧様の親切すぎる程の御世話はなる程、この点に就いて私が思いますのは、宮は必ずしも、タ霧様の御世話を受けてることもあるまいと思います、皇女の身分であるけれどもいかにも、皇女は恋をしないとは言うものの、今だけではなく昔も御意志に反する例は、沢山ございます。今落葉宮が臣下の者に恋をなさろうとも、宮を恋する臣下が現れようとも、宮御一人が世間の非難を負うことになりましょうか、宮だけではありませぬ。夕霧様を避けられて、くよくよと迷うのは本当に考えが浅いようです。気持を強くしっかりして自分の気持を考えると、宮が女の心一つで自分の身を始末し、又、反省なさる事のできる方法がありましょう。
猶、男が女を尊敬し、大切に世話をして下されたとするならば、その男に女は力になって貰ってこそ、思慮分別が発揮されるので、総べて男の援助に関連を持つのであります。このことを、女房たちが、落葉宮に、御注意申しあげなさらないのである。然るにご注意もしないで一方では、そういう事があってはいけないタ霧様の文の取次をまあ、女房たちは自分の勝手気ままに御やり申し始めなされて、困ってしまいました」
と言って側にいる左近や少将の女房に注意をするのである。
左近や小少将や他の女房達は集って、落葉宮に一條宮への帰還を御勧め申しあげ、やかましく言うので落葉宮は、本当に困り、美しくて、はっきりしている袿など女房達が寄って着替えさせるのであるが、落葉宮は渋々着替えていたがそれでも猶、剃りたい髪の毛を掻きむしると長さは六尺ばかりですこし抜けて髪の量が減っているのを、女房は、そのことは言わないが、落葉宮の気持の中で、髪が薄くなっているであろう、男に見られる事のできる様子でもない、色々と、柏木や御息所との死別、タ霧との一件など、つらく情ない身であるよと、考え続けて又横になってしまった。
「時間が来ますよ」
「このままでは日が暮れますよ」
と女房達は動こうとしない落葉宮に声をかけて騒ぐ。折柄、時雨も心忙しそうに風と共に入り交って降り、総べてのことが悲しいので、落葉宮は、
のぼりにし峰の煙にたちまじり
思はぬ方になびかずもがな
(立ち昇ってしまった母御息所の峰の煙に交って後を追うて行き、思いもしない方に、従わないでありたいものである)
「出家とはあってはならない事である。それは、夕霧が貴女を恋していることを聞いているが、再び夫を持って、色々とやかくやと人に言われて、今更人妻となって身を固めることではないけれども、誰と言って、世話してくれる人のない者が、そんな尼の状態になったなら、却って思いもかけないような浮名が立ち、現世でも安穏でなく、後世でも浄土往生できず、どちらも中途半端で、世間の人に非難されるだけである。父が、このように出家した上に、三宮が自分と同じに出家して、墨染の衣に身なりを落としてしまい、そこに貴女が出家をすれば父には出家ばかりの子供達で子孫のないように世間の人は思うであろう、此は世を捨てて出家をした者が悩むことではないが、時分の子供達が、次々と出家をするというのも異常というものである。仏道もなく世の中が嫌になったと言うことで世を避けるのは、出家をしないよりは見苦しいことである。自分の心と、悟り知る所があって、もう少し気持を落ちつけて考え、冷静になってこそ、出家するなり、せぬなり、貴女が決めればいい」
と何回も朱雀は娘に文を送った。朱雀は夕霧と落葉宮との噂を聞いていたのである。タ霧と浮名を立てたような関係が、思うように行かないのに、落葉宮が気をくさらせた故の出家である
と、人から言われるであろうと、朱雀は思ったのである。と言っても、落葉宮が公然と晴れて、タ霧に連れ添うことも、それも軽々しいことで、面白くないと、朱雀は思うが、そのことをはっきりと言えば落葉宮が恥ずかしく思うであろうと、可愛そうであり、タ霧との浮名が気の毒なのに、自分までが噂を聞いて口出しする必要があろうか、夕霧との関係は、落葉宮には決して口を出さなかった。
夕霧は今までとやかくやと、落葉宮に、積極的に言い寄ったけれども、見込みがない。落葉宮が、あの堅い気持で自分を許すことはないとすれば、二人の関係は御息所は御存命中から御承知なのであって、二人の仲を人に言ったのではないか、今となってはどうしようか。亡き御息所に少しぱかり、タ霧を落葉宮に忍ばせてしまった非難を押しつけてしまおう。今更若返って、恋にうき身をやつす様子で、泣きの涙で、落葉宮に、つき纏うとしても、それも子供っぽいであろうと、考えたすえに、落葉宮が本邸の一条宮に帰りなさる日を、いついつの日と決めて、亡き御息所の甥である大和守を呼んで、落葉宮が帰るに当たって当然、必要な用意を告げ、一条宮の殿内を清掃もし修理もし手入れをして、あのような立派な邸と言っても、柏木在世中と違って手入れも届かず今まで女同士は、草深いままに住んでいたのを磨いたように、飾り立て、タ霧の気遣いは、母屋と廂の間などに壁の代りに垂れる幕、屏風、几帳、貴人の御座所で二重畳に敷物を置く御座などまで気を配りながら、大和守に命じ、その準備万端をするように一條宮に行かせた。
落葉宮が小野の山荘を離れて一條宮に帰ってくる日、夕霧は一條宮にいて迎えの車と前駆の御供を、小野にさしむけた。落葉宮は、もう帰らないと、思うのであるが、女房達が言葉を尽くして勧め、大和守も、
「移りたくないとの仰せは、今更お許しは出来ません。今の悲しいお気持ちは私は充分お察しいたします、宮のこの心細く悲しい間私の御奉公は、私の力のできるだけの事をしてきました。然し、今はもう任国の大和国の用事もこざいまして大和に出向かなければなりません。然し、一条宮の世話についても、私が考えて見ても任せる人がおりませず、わたしの大和下りは、全く無責任であり、どうしたものであろうかと、心配していましたが、こんなに、宮のことを色々と、タ霧様が気を使ってくださって、せっせと御世話をなされまするからそれで、私も安心であります。タ霧様の親切すぎる程の御世話はなる程、この点に就いて私が思いますのは、宮は必ずしも、タ霧様の御世話を受けてることもあるまいと思います、皇女の身分であるけれどもいかにも、皇女は恋をしないとは言うものの、今だけではなく昔も御意志に反する例は、沢山ございます。今落葉宮が臣下の者に恋をなさろうとも、宮を恋する臣下が現れようとも、宮御一人が世間の非難を負うことになりましょうか、宮だけではありませぬ。夕霧様を避けられて、くよくよと迷うのは本当に考えが浅いようです。気持を強くしっかりして自分の気持を考えると、宮が女の心一つで自分の身を始末し、又、反省なさる事のできる方法がありましょう。
猶、男が女を尊敬し、大切に世話をして下されたとするならば、その男に女は力になって貰ってこそ、思慮分別が発揮されるので、総べて男の援助に関連を持つのであります。このことを、女房たちが、落葉宮に、御注意申しあげなさらないのである。然るにご注意もしないで一方では、そういう事があってはいけないタ霧様の文の取次をまあ、女房たちは自分の勝手気ままに御やり申し始めなされて、困ってしまいました」
と言って側にいる左近や少将の女房に注意をするのである。
左近や小少将や他の女房達は集って、落葉宮に一條宮への帰還を御勧め申しあげ、やかましく言うので落葉宮は、本当に困り、美しくて、はっきりしている袿など女房達が寄って着替えさせるのであるが、落葉宮は渋々着替えていたがそれでも猶、剃りたい髪の毛を掻きむしると長さは六尺ばかりですこし抜けて髪の量が減っているのを、女房は、そのことは言わないが、落葉宮の気持の中で、髪が薄くなっているであろう、男に見られる事のできる様子でもない、色々と、柏木や御息所との死別、タ霧との一件など、つらく情ない身であるよと、考え続けて又横になってしまった。
「時間が来ますよ」
「このままでは日が暮れますよ」
と女房達は動こうとしない落葉宮に声をかけて騒ぐ。折柄、時雨も心忙しそうに風と共に入り交って降り、総べてのことが悲しいので、落葉宮は、
のぼりにし峰の煙にたちまじり
思はぬ方になびかずもがな
(立ち昇ってしまった母御息所の峰の煙に交って後を追うて行き、思いもしない方に、従わないでありたいものである)
作品名:私の読む「源氏物語」ー60-夕霧ー3 作家名:陽高慈雨