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私の読む「源氏物語」ー56-横笛

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「そのような乱れた浮気心は私には御座いません。柏木の遺言もあるので、通り一遍のものではない同情を寄せ始めてしまった落葉宮に、当座だげの短い間だけで、あとは昔の友情を忘れたかのように、見舞わなくなりまするならば、それこそ却って落葉宮への懸想を拒絶せられたので、訪わなくなったとの疑がありそうで、と言う次第でこのように時を経ましても訪ねておりまする。想夫恋の末を弾かれた一件は、落葉宮が積極的に、「弾きましょう」と、もしも言い出されたならばその点は父上が仰せの如く、いけない事でござりましょうが、あの時、何かの機会に、それとなく一寸聞えた音は、落葉宮がふと曲に感情が入ったのでありましょう。何事も、人次第、事柄次第の事でございましょう。落葉宮はお歳も軽率な事をなさるような若さではなく、私もふざけたような浮気っぽい振舞などには馴れておりませんので、落葉宮も堅実真面目な者と思って、気安く気を御許しなさるのでありましょう。落葉宮は親しみ易い性格の方で人と接しなさるようです」
 と源氏に答え、今日はよい機会であると、源氏の近くによって、柏木の霊が夢に現れ、和歌や笛の伝授の事を源氏に伝えると、源氏は特に何も言わず、全てを聞き終えてから、心中に思い当たることがあり、
「その笛は、私の所で預るべき理由のある物である。その笛はもともとは陽成院の御笛であった。それを亡き式部卿の宮が受け継がれて、大事にしておられたのであったが、それを柏木は童の頃から巧みに笛を吹くのに感心され、笛の名手であった宮が萩の宴の日に贈り物として彼に与えられた物である。御息所は笛の由緒を深く知らないで、夕霧に与えられた物であろう」
 と夕霧に告げ、この笛の後世への引き継ぎは柏木の子薫の外、別に誰に伝えようと、柏木の霊が、考えがきまらなくて躊躇するようなことはあるまい。と思い、また、夕霧は思慮分別のしっかりとした物だから、薫は柏木の子である、という事の真相を知っているのであろうと、源氏は察したのである。その、思い込んでいる源氏の御様子を見ると夕霧はこれ以上のことは言うのを憚って、柏木の最後の言葉のことを源氏に言うのを中止したが、聞かせたい気持ちがあるので、タ霧は、笛の事のついでに、柏木が言った事の真相を、特に今思い出したようにして曖昧に、
「柏木がもう死ぬであろうというときに私が見舞った折に、柏木は自分が死んだ後のことを私に遺言したのですが、彼は「いかにも、失策があり、源氏に心から深く恐縮申している」と言うことを、当時繰り返し繰り返し申しましたから、父上にどの様な失策かをお聞きしたいのです。私は、柏木の深く畏り申した理由を、どうしても察することが出来ませんので、気に掛っております」
 と判然としないように夕霧は源氏に語るので、源氏は夕霧が知っているからこそ、こんな事を言うのであると、源氏は
考えるけれども、そうかと言ってどうして柏木と女三宮との秘事をはっきりさせないで、
「そんなに、柏木の心に怨恨の残る程のことが、ふと自分の顔色に出たことがあったのであろうと、私自身には覚えがないがなあ。私は今お前が見た夢のことを静かに考えてみると、夢は夜に語るな、と女房達が申すこともあり、今宵はもうこのことは話すまい」
 と夕霧に言って、殆んど大事なことの返事もないから、夕霧が勇気を出して聞くことに、父の源氏は、どんな考えであるのか、御気分でも悪くなったのではないか、と夕霧はこれ以上尋ねることを止めにしようと思ったのであった。(横笛)終わり)