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私の読む「源氏物語」ー56-横笛

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横 笛

 柏木が俄に死去したのを悲しむ人は、両親の他に大勢の人がいた。格別に親しくもない内裏で働く人も、これから出世を約束されていた人の死を、惜むのであるが、その人達以上に柏木は源氏の屋敷に行き、源氏は毎日のように顔を出す柏木を誰以上にも目をかけていたのであるが、その柏木が自分の正妻に迎えた三宮と体の関係を結び子供まで妊娠させたことを不都合な事であったと、思い出することがあるが、やはり柏木の他界に就いては、感慨が多く、何かの折には柏木を思い出して偲んでいた。柏木の一周忌の終りの日には、追善供養の僧への布施や声を大きく経を読む誦経などを、源氏は特別に丁寧に施しを行った。実の父親が死んだことも知らないで二歳になる薫のあどけない姿を見ると、いろいろとあってもさすがに可哀想に思い自分だけの心に閉まっておいて、人知れず薫のために源氏自身のとは別に、追善を思い立ち黄金百両を別に僧に布施として贈るのであった。
 柏木の父の前太政大臣は、薫が柏木の実子であるために源氏が追加したことを知らずに、柏木のためにと恐縮し喜び恐縮していた。タ霧も、柏木の追善供養の事などを色々と沢山した。彼は供養を取りしきって、追善を鄭重に実施した。この一周忌に当る前後の、柏木を思い出す気持が深く、タ霧はあの一条の宮(落葉宮)をも、御見舞に参上した。柏木の兄弟よりも夕霧の方が何かと供養の仕方が盛大であるのでその彼の気持ちを柏木の両親は、
「これ程までに、親切になさるとは、考えもつかないことで」
 と喜ぶのであるが、タ霧の本心は、むしろ落葉宮にある事を、この両親は知らないのである。柏木は亡くなった後も世間からの信望が厚く遺り、両親は改めて柏木の死を悲しむのであった。
 山に籠もって修行中の朱雀は、三宮だけでなく二宮の落葉宮までも、昔からの風習に反して降嫁した上に、間もなく夫柏木にも死別し世間からは、「それ見た事か」と、うしろ指をさされて物笑いにされている状態で、寂しく沈んでいるので、又出家した三宮も俗生活から出家の身として現世からかけ離れてしまったので、二人の娘のことをいろいろと心配するけれども、この俗界の事は一切、思い悩みたくないと、父性愛を抑え考えて我慢をしていた。朱雀は仏道勤行の折にも、三宮は同じく念仏往生の道を勤行していることであろうと思い、三宮が出家をしてからは、一寸したつまらないことであっても、三宮に文を送るのを忘れなかった。
 朱雀院の庵のある山の寺のそばの竹薮から抜き取った筍と、その辺の山で掘り取った野老などが、山里にとっては風流な趣があるから三宮に食べてもらおうと送ってきたその包み紙の端に
「春の山には霞がかかって歩きまわるのがたどたどしいけれども、貴女へと心を籠め、深い所まで掘って掘り取らせました物です、いかにも志の深いしるしだけに、さしあげます。

世を別れ入りなん道は後るとも
     同じところを君も尋ねよ
(この憂き世から別れ、貴女が、はいってしまいたいと思う菩提(仏道)修行の道に、入門したのは私に遅れたが、我と同じ極楽浄土を、貴女も求めなさい)

修行というのは大変なことですよ」

 と書きしるされたのを三宮は見て涙ぐんでいるところに源氏が尋ねてきた。

 野老とは、根にかたまりができることから「凝」、 これが「ところ」に変化したといわれる。また、とろり、と凝った汁ができることから、そこからいろいろ変化したとの説もある。漢字の「野老」は、根の、ひげ根を、老人の鬚に見立てて、海の「海老」に対して山野の「野老」ということでこの名になった。ということは、「海老」は、いっぱいある鬚を老人に見立てた命名かもしれません。

源氏は三宮の近くにおいてある罍子と言う盆をを見て、
「いつもながらの子どもであるよ。これは、どうしたのかな」
 と言って、女三宮の読んでいた文を見ると、罍子に朱雀院が筍と野老を載せて三宮に文を添えて送ってきたものであった。源氏が取ってみるとしみじみと心を引く感慨深い内容である。寿命は今日か明日には終わるという気持ちの中で娘三宮と会うことも出来ない残念な気持ちを事細かに切実に訴えている兄朱雀は書いてあった。この朱雀院が言われる極楽浄土へ共に参ろうという文面は僧侶(ひじり)言葉であるけれども、その仰せの通り、なる程、いかにもそう御考えなさるであろう。

 朱雀院に、三宮の一生を頼まれた源氏が、三宮から自分は冷淡であると、見られていると思っているので、源氏は朱雀に一層気がかりな心配事をかけていると本当に兄朱雀に申し訳ないと思うのであった。源氏に遠慮をして三宮は返事をつつましく書いて使いに渡す。使いに来た者に三宮は礼として青鈍色(青味のある縹色)の綾の絹を一襲、即ち一着分を渡した。尼の贈物なので花やかな色ではない。書き損じた紙が几帳の下から見えたので源氏はそれを取り上げてみると書体は頼りなく幼稚で、

うき世にはあらぬところのゆかしくて
       背く山路に思ひこそ入れ(この憂き世でない所が、私は慕わしくなつかしいので、憂き世をよそにしてのがれる山の中に、父朱雀院のように住みたいといかにも思い込んでおりまする)

 この歌を読んで源氏は、
「貴女のことを心配している朱雀院の様子である上にこの世以外に朱雀様の籠もられるところへ住みかを求めるとは、私は兄宮が辛く思いますよ」
 と三宮に言う。
 
 三宮は今はまともにも源氏に顔をあわせることが出来ない。しかし源氏はそんな三宮が可愛らしく、いじらしい額髪や頬の辺りが仏門に入られてから益々気品がつき言うに言われぬ趣のある姿は、三宮は小柄であるから、まるで幼児の下げ髪のように見られて、大層いじらしいから、その姿を見ては源氏は、どうして三宮を出家させたのだろうと、罪なことをしたものだと考えて、几帳を隔てて遠くなく近くなく気遣いする程の間を開けずに三宮と話をするのであった。
 薫は、先ほどまで乳母のところで寝ていたのであるが、目を覚ますと這い出してきて源氏の所まで来て袖を引っ張り纏わり付いてきた、その薫の所作が源氏にとって、とても可愛く感じる。薫は白い薄い上着を着ていて、下着は唐から渡った綾織で、小紋の模様のついている紅梅色の裾が長く乱雑に引かれて薫のからだは、全くむき出しで、着る物を背の方にだけかけたような姿は、幼児であれば当たり前のことであるが、