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私の読む「源氏物語」ー51-若菜 下ー2

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これは紅紫かと思われる濃い色の小袿に薄臙脂の細長を重ねた裾に余ってゆるやかにたまった髪がみごとで、大きさもいい加減な姿で、あたりがこの人の美から放射される光で満ちているような紫は、花にたとえて桜といってもまだあたらないほどの容色なのである。
 こんな人たちの中に混じって明石夫人は当然見劣りするはずであるが、そうとも思われぬだけの美容のある人で、聡明らしい品のよさが見えた。柳の色の厚織物の細長に下へ萌葱かと思われる小袿を着て、この人だけは位が下であるので薄物の簡単な裳をつけた姿も感じがよくて侮ずらわしくは少しも見えなかった。青地の高麗錦の縁を取った敷き物の中央にもすわらずに琵琶を抱いて、きれいに持った撥の尖を絃の上に置いているのは、音を聞く以上に美しい感じの受けられることであって、五月の橘の花も実もついた折り枝が思われた。いずれもつつましくしているらしい内のものの気配に夕霧の心は惹かれるばかりであった。紫の美は昔の野分の夕べよりもさらに加わっているに違いないと思うと、ただその一事だけで胸がとどろきやまない。三宮に対しては運命が今少し自分傾いていたならば、自分の妻として三の宮を見ることができたのであったと思うと、自身の臆病さも口惜しかった。朱雀院からはたびたびその気持ちを示され、それとなく仰せになったこともあったのであるがと思いながらも、よく隙の見えることを知っていては紫に惹かれたほど心は動きもしないのであった。紫とはだれも想像ができぬほど遠い間隔のある所に置かれている夕霧は、その忘れがたい感情などは別として、せめて自分の持つ好意だけでも紫に認めてもらうだけを望んでできないのを考えては煩悶しているのである。そうではあるが、無理に、あってはならない継母たる紫上に恋する気持などは表に出さずに抑えていた。
 夜になると冷え冷えとしてきた、出るのがおそいから臥して待つ陰暦一九日夜の臥待月は二十日になって空に現れた。
「もどかしいなあ、春の朧月夜であるよ、それはそれとして、秋の情趣は又、このような楽器の音に、虫の声を一緒に撚り合わせたのは、平凡ではなく、心地よく響き合うものであるがなあ」
 と源氏が言うと、夕霧は、
「秋の清んだ月夜には総ての物事が順調に進むものであるから、琴・笛音もはっきりと澄んで響くのであるが、やっばり琴や笛の音に特にわざわざ作って調和させたような秋の夜の空の様子も色々と咲いている草花に目移りがし、気が散るので秋の夜の風情はいかにも限度があります。春の空はぼんやりとして、おぼつかない霞の間から漏れる春の朧な月光のもとに、琴と笛とを静かに合奏している興趣には秋は及びますまい。笛の音などは秋の夜は花やかに、きっと澄み昇ってしまうであろう。然るに、春夜は霞に籠もって音色がそこらに漂っていて興趣が深い。婦人は、春をなつかしく思い、感興を湧かすと、古人が言い残しましたっけが、それは
古人の言の如くいかにもそうなのでござります。なつかしく、楽の調和する事は春の宵が最高でございます」
 紫上が春を好む事などを思って、夕霧はこのように言ったかも知れない。源氏は夕霧の言葉を聞いて、
「いや、春秋の優劣の判定はね昔から人々が判定しかねた論争であるからねえ。古人より劣っている我等如き者がはっきりと断定してしまうような問題ではないのである。音楽の、調子や大・中・小の曲の歌詞のない曲などでは特に断定しかねるものであるから考えてみると、律(短調)は、寂しく暗い感じがするので律を呂の次の楽曲にしているのは、春、秋そういう理由もあるのかなあ」
 と言って、更に、
「どうであろうか。 諸道に勝れた人として世間から声望の高い、あの人この人が帝の前などで度々演奏をするのを聞いてみると、誠の名人は少なくなっていると言う思いがする。演奏家でその道の勝れている者と自分で思っていた名人達でも、この音楽の道をいくらも会得する事ができないのであろうか。このように音楽の道にあまり習熟していないこの婦人方の中で、もしも先に述べた名人という人達と一緒に弾いてみるとしても、その人が特に際立って勝れていようとはどうも思われない。このところ自分は致仕してこのように世間から離れて引き籠もって暮しているので、音楽を聴く耳が少し変になって音楽の理解が悪くなったのであろうか、いかにも残念である。世間から源氏は妙に人の学問でも別に熱心ではなくちょっと習う芸事でも、その物事の基本を会得して他人に何事も勝る所がある。ここ六条院の婦人達は、帝の御前の音楽の会などに第一級の上手に選ばれる人々の誰かれと比較して、優劣はどうであろうか」
 と夕霧に問いかけると夕霧は、
「いかにも、その事を取上げて申そうと、私は思っておりましたけれども音楽には精通していない我が身故」
 と夕霧は、自分の知識以上のことを気取って言おうか言うまいかと、暫く考えた。
どの楽器にしても古い時代の演奏は誰も聞いたことがないので、衛門督の和琴や螢兵部卿宮の琵琶などをいかにも稀な名人の調べと言っても誰もが比較をすることが出来ない、今目前で演奏している源氏の婦人達の音楽も、楽曲の音などとても美しく聞こえるから、このように特別な催しというのでもないごく内輪の遊であると、油断して聞いているところへ驚くような予想もしなかった音色が耳に入り驚くのか、このような見事な合奏に合わせてとても唄などを歌う事は出来ないと、夕霧は思い、
「あの和琴などは、前の太政大臣だけが、このように、その時節に応じて、音色を工夫し心に浮かんだままの音を出して演奏されたのは確かに名人と言われても良いです。誰が弾いても和琴は殆んど目立つ音ではありませんが、紫の上はとても立派に音調が調うて私には聞こえておりました」
 と源氏に紫の演奏を褒めるのである。
「紫は、私が聞くところでは、たいした技量ではないのに、夕霧は上手く褒めることよな」
 と源氏は満足した顔で夕霧にほほえむ。
「お前が褒める通りなる程紫でも明石でも悪くはない私の弟子達であるなあ、明石の琵琶は、あれの父入道の仕込みであるから、明石という意外な所で、以前に初めて聞いたとき、珍しい琵琶の音色であるなあと、自然に思われたけれども、でも京へ参ってからは環境が変わったのか少しは違ったように聞こえるが、また昔に戻ってそのときよりは少し良くなったようである。」
 と源氏は強いて自分が明石を京に呼び寄せてから指導したことを自慢して言うので、周りにいる女房達はおかしいので少しばかりつつき合って笑っていた。源氏は更に歳を取るに従って説経じみたことが言いたくなるのか、