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私の読む「源氏物語」ー48-若菜 上ー3

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 少し気持ちが沈んでいる明石姫の所に母親の明石の上が様子はいかがですかと尋ねてきた。日中の加持祈祷にあちらこちらから修験者が集まってきてやかましく経を唱えるので明石姫の前には女房も奉仕しない状態であった。この状態をこれ幸いと祖母の尼君が明石女御の側近くに控えていた。それを明石の上が見とがめて、
「なんと見苦しいことを。三尺の短い几帳を引寄せてその蔭にお座りなさるのが礼儀でありますよ。風が吹いそのように尼君が几帳の内の姫君に近づいていると、几帳の綻びの隙間でもあるような場合には、自然に外の人に、見られるであろう。几帳を隔てて外にいて欲しいのです。医者などのような様子をして、明石女御の御身近に居ては、人が見ても見苦しい、あなたはもう年寄りですよ」
 娘から言われて母親の尼君はきまり悪く思った。老人だからそれなりの態度ではあるのだがと思うのであるが、少し歳を取って耄碌しているのであるのか、「ああ」と言うだけで娘の叱る声を耳が遠いのか頭を傾けて聞いていた。といっても、尼君はそれほど耄碌している歳でもないのである、六十五、六というところ。姿は小ざっぱりとして上品で、しかもじっと見ると、瞼もつやつやとして涙に泣き濡れた様子が昔源氏の明石時代の事を思出しているようであるから、明石上は、胸がどきりとして、
「お祖母さんは昔のことをなま覚えで、間違ったつまらない出来事を記憶違から、世の中にはありそうもない話によく混同されますので、尼君から貴女は変な昔話など聞かれたことでしょうね。昔の事は聞いても私は夢のような気持がしますよ」
 と笑いながら娘を見ると、娘の明石女御は、
あでやかで綺麗で、しかも平素よりもしっとりと静かで、何事かを考え込んでいるように見えた。
 明石の上は明石女御を我が娘とはとても考えられず、有り難い運を授かったと思っているのに、母の尼君が昔のつらく情けない時代の話を明石女御に告げることで、女御が自分の生い立ちを心配するであろう。娘が最高の位である中宮(后)として位を極めるならば、その時に昔の事を教えてあげよう、今、尼君から昔の事を聞いたとしても、明石女御が自分の過去を悲観し落胆するようなことはないのであるけれどもそれでも、身の上を知った以上気遅れするであろうと、明石の上は思うのであった。
 やがて出産の加持祈祷が終わり修験者達が退出してしまった時に、明石上は果物などを明石女御に進め、
「せめて果物ぐらいはお食べなさい」
 と食欲のない娘を気遣って進める。
 祖母の尼君は孫娘の明石女御を運のいいかわいい孫娘であると見ているとうれしさに涙が止めどなく流れ、顔は笑ってはいるが口が変に歪んで広がり見苦しいが、目もとが涙に濡れて、べそをかいていた。
「まあお母さん見苦しい顔をして」
 と明石の上が注意をするが、聞きもしないで
 
 老の波かひある浦に立ち出でて
   しほたるる海人を誰れかとがめむ 
(年を取った尼が、生き甲斐のある所に出て来て、嬉し涙に濡れている、その尼を誰が咎めようか、咎める人はない)

 昔から私のような年寄りのすることは、何でも許されるものよ」
 と孫の明石女御に歌いかける。女御は硯の側のあり合わせの紙を取り上げ、

 しほたるる海人を波路のしるべにて
       尋ねも見ばや浜の苫屋を
(嬉しい涙に泣き濡れている尼を道案内にして、私は尋ねて見たい、祖父入道の住む明石の浜の住み家を)

 明石の上も二人の歌の遣り取りを聞いていて涙が止まらず

 世を捨てて明石の浦に住む人も
      心の闇ははるけしもせじ
(この憂世を捨てて明石の浦に住む父の入道も、孫や子を思う恩愛の情を断ち切るようにする事は、殊更にするはずはないと思う)

 と歌に涙をごまかしてしまう。明石女御は去る年に父入道と別れたあの暁の煌々と輝いていた月を、母や祖母から聞かされても夢にも現れないことを悔しく思った。