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私の読む「源氏物語」ー47-若菜 上ー2

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「あの弘徽殿に睨まれていた最中でも私を避けることもなく二人は愛しあったではないか。勿論いま私と密かに会うことは出家された兄朱雀に申し訳がたたないと言うが、かっては朱雀に体を許しながら私とも寝た間柄ではないか、その女が今さら綺麗に清らかな態度をとって、昔流した浮名を今になって消そうと思っているのだろうか」
 と思い立って和泉守を道案内にして朧月夜の住む二条宮に押しかけることにした。紫には出かける理由を、
「二条の東にいる常陸の君(末摘花)が患っているのを、この所の忙しかったこともあって見舞ってやれなかったので私は気にかかってならない、日中晴れ晴れしく見舞に行くのもどうかと思うので、夜になってこっそりと尋ねることにした。このことは誰にも知らせてはならない」
 と言うが何となくそわそわと落ち着きがない源氏を見て紫は、いつもは末摘花のことは口にもださないのになぜ今日にかぎって、さては、朧月夜と会うのかと、感ずいたけれども三宮を源氏が嫁として此処に迎えてからは、昔のようにあからさまに源氏に向かって嫉妬することもなく、少し源氏から離れて夫の行動を見ることにしていた。
 その日源氏は三宮のところには行かないでお互いに文だけをかわした。源氏は朧月夜のもとに着ていく装束に香り薫きこむことに一日を費やしていた。日が暮れて暗黒の夜に源氏は気心しれた四五人の供を連れて若いころ忍びで出かけるときに使用した粗末な網代車に乗って出かけて行った。二条宮に到着して和泉守を通して訪問の挨拶をさせた。朧月夜の女房がひそひそと源氏訪問を告げると、
「何ということを、和泉守は私の返事をどのように源氏様に伝えたのであるか」 と気分を害するのを和泉守は女房を通して朧月夜に「尚侍の督であったお方がそのような情ないことでは、折角おいでになった源氏様を情緒豊かにおもてなしをして帰って戴くのが一番宜しいのではありませんか」
 と、無理に源氏を朧月夜の前に連れてきた。源氏は御簾をめぐらした部屋の奥の方に障子衝立を前に据え置き身を隠している朧月夜に女房を通して、朱雀の出家のことの見舞いを告げた後、
「さぁ、こちらに出ておいでなさい、御簾越しでいいから。もう昔のようなことはいたしませんから。そんな体力はもうありませんよ」 と源氏は無理なことを朧月夜に言うと、ぶつぶつ言いながら源氏の前に膝行して出てきて御簾ごしに源氏の前に座った。その姿を見て源氏は、このように無理を言えば出て来るのであるから、思った通りで気軽さは、やっぱり昔のままであると感じていた。お互い現在は対面も、思いのままに軽々しくできない身であるのに、このように考えられないような対面であるから、懐かしい感慨も少くない。この場所は二条宮の寝殿東である、東の対の東南(辰巳)の方の廂の間に源氏を座らせて、襖の下部だけを、掛金で締めて開かないようにしてあった。襖に「掛け金」を刺す事を、「尻刺し」とか「尻刺をする」と言う。「掛け金」の端の鐶又は鉤を、他の物に掛けて戸締りをする。ここは、襖を、人の通られない程度に細目にあけて、尻刺しをした。これを見て源氏は、
「このお気の使いようは、若い者同士の対面のような若々しい仕打のような気が致しますね、お会いしなかった年月を間違いなく、はっきりと数える事のできるほど忘れない私の思い続けて来ているのに、その私の気持ちをこのようにして疎々しくとぼけているような貴女の態度は、私には大変辛いことでございます」
 朧月夜の態度を非難めいた口調で言う。夜は深夜になった。池に遊ぶ鴛鴦が哀れっぽく鳴いているのが聞こえてくる、ひっそりとして人影も少ない二条宮の中の様子を源氏は、
右大臣・弘徽殿太后の在世時の時に比べてなんとまあ寂しくなったものだと思い、空泣きをした平仲の真似ではないけれども、自然と涙がこぽれる。「平仲」は、平貞文の字(あざな)。女の許で、硯の水入の水で目を濡らして泣くのを、女が見破った。女は水入の中に墨を入れて置いた。それとは知らずに平仲は、女を訪ねて例の如く泣いた。今度は顔が黒くなったという話がある。これを平仲の空泣きという。そのことを源氏が思って朧月夜に嘘泣きと思われはしないかとふと感じたのである。源氏は少し空いた隙間から彼女の姿を見ながら昔のように激しくは言わずにおとなしくはしゃべるのであるが、このままでは別れることは出来ないよ、と言いながら襖の鍵を引き開けようと動かす、
 
 年月をなかに隔てて逢坂の
    さも塞きがたく落つる涙か
(二人の間に長い年月を隔てていて、今漸く逢ったのに、いかにも、間の関にせき止められて、直接に逢われず、せき止難い程に、落ちる涙であるよ)

 朧月夜は、

 涙のみ塞きとめがたきに清水にて
      ゆき逢ふ道ははやく絶えにき
(悲しい涙ぱかりは、私も堰き止めかねて、流れる清水のようで、しかも御身に御逢い申す道は、疾うの昔に絶えてしまいました)