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私の読む「源氏物語」ー45-藤裏葉

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「一言多いお前とではなあ」
 と言って柏木を帰してしまった。夕霧は父の源氏の前に出て、内大臣からこのように誘いがあったと、内大臣からの文を見せた。
「内大臣は思うところがあってお前を招待したのであろう。先方から、積極的に手を打ちなさるならばこそ、それで初めて、過ぎてしまった時代の、大宮に内大臣が不孝であった事への、私の内大臣への恨みも、解けるであろう」
 と夕霧に言って、過ぎた年に亡き大宮が、「雲井雁を夕霧に許せ」と、内大臣に言ったけれども、内大臣は大宮の言に従わなかったことを思い、内大臣め遂に折れてきたかと源氏の得意な様子は、この上なく憎らしげである。
「そのようなことではありますまい。内大臣の屋敷の藤の花は例年よりも見事に咲いたということで、暇な頃であるから、管絃の遊びをしようなどというつもりでござりましょう」
 と夕霧は源氏に言う。
「わざわざ、使者を向けられたのであったからねえ。断らなくて、とに角、早う御いでなされよ、内大臣がお待ちになっていることであろう」
 と夕霧の訪問を源氏は承諾をした。内大臣は何を考えていることであろう、夕霧は支度をしながら内心には気苦労で、平穏ならず、心配であった。そんな夕霧に源氏は、
「着ていく直衣は二藍では少し濃すぎるので今日は軽めの直衣にしなさい。参議宰相になる資格を持っていても、まだ参議にならない時代や、何という役柄もない若い人であればこそ、そんな二藍はよい。しかし夕霧は参議であり、中将でもある。今日は、特に気をつけて身嗜をする方がよいよ」
 と夕霧に言って、女房に自分の衣装である格別によい縹(花田)色直衣に、下襲(下着)の、非常に美しく勝れた御衣などを揃えさせて、夕霧が、源氏の前から退いて自分の部屋に帰る時夕霧の御供の人に、それを持たせて、夕霧に差上げた。
 二藍とは、紅花の紅を染めた上に藍で染めた色で、色を合わせる比率によって染まる色がことなる。そのため、二藍の直衣といっても、年齢の違いによって染め方に違いがあり、若いほど紅の色を濃くし、年齢が上がるとともに紅を薄くしていった。夕霧は十八歳なので本来ならば紅のきいた華やかな二藍を着用するのが普通であるが、源氏はあえて自分の装束の縹色の直衣に夕霧を着替えさせた。これは、縹色の直衣を着用することで、夕霧に年齢以上の威厳と落ち着きを内大臣に感じさせる意図があったからであった。
 夕霧は自分の部屋で直衣に着替え入念に化粧をして、もう夕暮も過ぎ、内大臣方では夕霧の到着を待ちかねてやきもきしている頃に、訪問した。夕霧を迎えた内大臣一族の者達はそれぞれ柏木中将を始め総てが着飾って七、八人が迎えに出ていた。それぞれせいそうしてみばえのいいすがたであるが、その中に混じった夕霧は、すっきりとしていて、清らかで綺麗であるけれども、その上に自然に人なつかしく親しみ易く人ずきし、深みがあって少し恥ずかしそうにしていた。内大臣は女房達に命じて夕霧の座を設けさせるなど特別に気をつかって細かく自分から指示していた。冠を着用し、正規に近い服装で、夕霧との会見に現れた、普段の直衣姿ならば烏帽子でよいのであるが、冠を着けたのは衣冠姿であり、夕霧に対して礼儀を重んじて礼服に改め夕霧に対し礼を厚くして迎える態度を示したのであった。内大臣は夕霧に面会する際に、正妻の北の方や女房達に、
「そっと覗いて夕霧殿を見てご覧なさい。頭の良さそうで、成長するにつれて立派になり整うて行く人である。その態度や物腰などは、大層落着いて重々しく立派であるだろう。群より抜き出て立派で、夕霧が老成している点は、いかにも父親にもまさるようである。父親の源氏はただ非常に優美で愛嬌があって、見るとついほほ笑みたくなり、世の中の憂さを忘れるような気持ちにおさせになる。役職のある人として、政治向きの事は軟くくだけて、愛敬があり、才があり、その上皇子でもあるから風流すぎた方であるのは当然のことである。息子の夕霧は漢学の程度も源氏に勝り、心構えも男らしく、真面目で、欠点がなく申し分ない人である」 
 と集まった者達に言うと威儀を正して夕霧の前に進み出た。 真面目で堅苦しい話は直ぐに止めて、花見の宴にうつった。
「梅、桜、桃、李などの春の花はすべて咲き匂い出す美しい色合は、どれもこれも人の目を奪うばかりであるが、花は気短かで、花を愛でる人の気持ちなんかを考えずに見捨てて散ってしまうのが、残念でたまらない季節に、この藤の花は他の春の花に遅れて咲、夏の時節まで咲き続くのが、いかにも妙に奥ゆかしいく自然に思われます。花の色も紫が多く、紫と申せばゆかりの色で親しく睦しい頼り女にまあ、口実とする事ができまする」
 と内大臣は夕霧に語りかける。彼の本心には娘の雲井雁を夕霧に許そうと思う下心を、それとなく彼にほのめかしたのである。 内大臣は、初めてかすかながら自分の心の中を夕霧につたえることができたと、ほっとすると共にやれやれと嬉しくなり機嫌がよくなった。雲井雁が入内も出来ず、又他の婿をも迎えず、婚期が遅れ、今まで家に残っている事がとにかく内大臣の心配の種であったからで、それも解消できたと少しばかり安堵していた。 
 四月七日の月が中天に輝き花の色ははっきりとは見えないが内大臣は藤の花をめでて酒を勧め管弦の演奏などを始めさせる。内大臣はわざと酔いが回ったふりで夕霧を、無理やり酔わせようと酒を勧めるが、夕霧は酔わせようとするようであると用心して、勧める酒をどう辞退すればよいかと困っていた。
「夕霧は、大変な物知りであるという評判であるが、私のような酒好きを遠ざけないでくださいね、つらいですよ。
 古代の文献にも、「家礼」という事があるでしょう。「孔子の教の儒教も、君は、十分に理解していると」と、私は思っておりまするのに、私に対しては、家礼の儀もなく、大層私は心を痛めていました、私はそんな貴方を恨んでいますよ」
 と内大臣は酔っぱらったようにして夕霧があまり感情を害さないようにして文句を言い泣き出す。親子伯父伯母に対する礼儀の「家礼」のことを言われて夕霧は、
「どうして、内大臣に対してそんな風に(家礼もなく失礼な行動をいたしましょうや、亡き大宮、母上葵のかわりにと「内大臣に、献身的に御仕え申上げよう」と、いかにも私は覚悟をしていますのを今更、家礼などとは、どんな風に私を見てお出でになるのですか。もしそうであるならばこれは私の怠慢以外にはありますまい」
 と夕霧は形を改めて内大臣に答えた。内大臣はこの答えを聞き丁度よい潮時を見計らって、はしゃぎ立てて大声で、
「春日さす藤のうら葉のうらとけて君し思はばわれも頼まん」
 と後選和歌集の一句を詠い、お互いが頼み会うて行こうという意味を込めて雲井雁を嫁にして我が婿となるよう、気持ちを込めていた。その父親の意を汲んで柏木中将が色の濃いい房が長い藤の花を選んで一折りして、その枝を酒の酌するのに挿し添えた。夕霧はその枝を受けとったがどうして良いやら処置に困っていると、内大臣がそれを見て、

 紫にかことはかけむ藤の花
     まつより過ぎてうれたけれども