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私の読む「源氏物語」ー44-梅枝

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      人のとがめむ香をばつつめど
(貴女の贈られた梅の花の枝に、私は真から、貴女に深く恋しさを感じますよ、他の人に何かと非難されることでようが)
 というような返歌であったらしい。
「本当は、薫物調合などを大袈裟にやるのは、物好きのようであるけれども、何としても、一人娘の明石姫の事なので『このように調合することこそ、私の当然の仕事のようである』と思っているのであります。私はあまり交際する方がいないものですから腰結い役には、親しくない人には、ちょっと頼むことが出来ませんので、秋好中宮を、里の六条院に御退出を帝にお願いして里帰りさせていただこうと、私は考えているのです。秋好中宮とは親しくさせていただいていますので、気安く話が出来ますし、秋好中宮もまた気の置ける点が、沢山ある方であるから、明石姫の入内の調度類やその外何事をも世間なみに秋好中宮に御見せすることはどうかと考えています」
 などと源氏は蛍宮と話をする、
「秋好中宮のように、斎宮から、中宮にまで成上った福の多い方に、明石姫君があやかるということにつけても、中宮を腰結役に頼むのは、なる程、貴方にとっては、たしかに御考えは正しいことでしたね」 と蛍宮は源氏に彼の判断の正しさを強調する。
そこで、源氏は蛍宮がここにいるうちにあることをと考えた。それは六条院にいる源氏の女達の合わせた香を、春雨で空気が湿っているときが薫物にとっては最適であると考え、
「この春雨の降る夕暮れにお前達の合わせた香を試してみよう」
 女達に連絡してあつめさせると、女達はそれぞれ趣向を凝らして源氏の許に差し出した。「貴方がこの香を鑑定してください、貴方以外には人はいませんから」
 と蛍宮に頼み、源氏は女房に火取りを持ってこさせ一つづつ香を薫てみた。
「私のような者にはとても」
 と蛍宮は卑下するのであるが、言い現わしようもない良い匂が立ち上がりはじめた、その中には匂の立ち過ぎや、よく立たないものが、一種類位はどうしてもあるものである。それを螢兵部卿宮は、少しの欠点を判断する、即ち嗅ぎ分けるとは、沈とか丁子とか白檀とかを、嗅ぎ分けたり、又それらの何が過不足であるようなことで優劣を決めるのである。あの源氏と紫が合わせた秘法の二種類は、最後に源氏が取り出して火取りに入れる。内裏では、月華門内にある右近衛の人達の控所の辺を流れて居る溝の岸に埋めるのにならって、源氏は西の渡殿の下から庭に注ぐ遣り水の流れ近くに香を埋めていたのを、惟光の子供で五節の兄に当たる兵衛の尉に掘り起こして取らせ、夕霧がそれを受け取って源氏に渡す。惟光は源氏のおかげで今では参議になり、五節の兄は兵衛の尉に任官していた。兵衛は兵衛府に属して各門を守り尉は四等官の三位で次官の下の位である。
 蛍宮は夕霧から掘り出した香を受け取って、
「何と苦しい役に当てられたものよ。おお煙たい煙たい、難儀な事よ」
 と大袈裟に判定人として苦労していた。薫物は普通の香はその調合の仕方練り方は方々に伝えられているのであるが、各人それぞれが、その人の薫りの感触を大事にして調合された匂の深さ浅さ優劣を、蛍宮は嗅ぎくらべするのだが、香を調合した人の個性というものが薫りに籠められて見事な調合のものが多くあった。源氏の女達の合わせた香はさすがにどれをとっても立派な物ばかりで優劣を付けかねていたが、その中に元斎院であった朝顔の合わせた香の「黒方」は、彼女は、「花の香は散りにし枝にとまらねど」など卑下しているが奥ゆかしく、しっとりと落着いた匂は冬の薫物として最高の出来ばえである。
 秋の薫物である「侍従は」源氏が合わせた薫物である、匂いを嗅いだ蛍宮は、
「上品で親しみ易い香である」
 と査定した。紫の上の薫物は、黒方・侍従・梅花と三種ある中で、梅花は、春の薫りであるので陽気に晴れやかで、現代風の新しい感じがし、どちらかと言うならば、いくらか匂を強めに工夫を加えているようで、蛍宮は今まで嗅いだことのない珍しい匂いであると思った。
「初春の梅の季節の風に乗ってこの匂いが漂ってくるとすれば、これに勝る匂は、全くないであろう」 と褒めるのであるが、夏の屋敷と呼ばれる東の区劃に住む花散里は、女達がこのように、思い思いに薫りを争う中に、
「人並の仲間として特に目立たないように」
 と、控え目な御気持でたった一つだけ夏の薫物である「荷葉」だけを合わせて源氏の許に送り込んでいた。その「荷葉」はしみじみとした味わいのある出来上がりで、しんみりとした香がして深くしみじみと心をひかれる感じが懐かしい思いを起こさせる。冬のお方と呼ばれている明石の上は、自分の薫りは
「季節季節に応じて合わせる香が決まっているので、冬の香は落葉などを合わせて造るので、他の方々に負けるのはつまらないことであるよ」
 と思い、衣服に薫きこめる「薫衣香」を調合した。その調合法の勝れたのは、前の朱雀院(宇多帝)の方法を、その後の醍醐・朱雀帝などが伝承なされて、それを、公忠朝臣が。公忠は、醍醐・朱雀両帝頃の人である、朱雀帝の仰せで、格別に選んで、かつて調合し申して差上げた事のあった、香気の遠くまで匂う百歩の方などを。百歩の方も香の名考えつけて、この世に類のない優美な香を明石上が集めたのを、「考えつけて、この世に類のない優美な香を」
 と蛍宮は集められた香をどれが好いとは決めず全部が立派な物だと判定した。源氏は、
「たちのよくない判者である」
 と笑って蛍宮に言う。
 二月十日の月は普段は日没以前に出ているのであるが、夜に入って雨が晴れ、雲間からさし出たので、源氏はその場に酒魚を持ってこさせて蛍宮と酒を酌み交わしながら昔のことを語り合うのである。少しかすんだ月が奥ゆかしいのに、雨上がりの風が少し吹いて花の香りを運んでくるうえに、六条院内は薫物の薫りが満ちあふれ人々の心を艶めかせる。

 六条院の事務をする蔵人所の方で、明日の明石姫の裳着の音楽の下稽古のために、絃楽器の支度で絃をかけたり、琴柱をつけたりなどをする。そこに楽の上手な殿上人達が多数集まって稽古をする楽の音が聞こえてくる。内大臣の息子の今は頭中将である柏木、弟の弁の少将来邸して、明日の裳着に招待していただいたお礼の挨拶の記帳だけをして帰るのを源氏は止めて、女房に琴などを持ってこさせる。蛍宮の前には琵琶、源氏は筝の琴、柏木は和琴それぞれを置き、合図と共に一斉に演奏を始めた。柏木は父の内大臣に劣らず和琴の演奏は見事なもので、そこに宰相の中将である夕霧が横笛で加わり、春の季節にあった演奏を空高く届けとばかりに奏でた。弁の少将は笏で拍子を取りながら催馬楽の「梅が枝」、

 梅が枝に 来居る鶯 や
春かけて はれ 春かけて
鳴けどもいまだ や
雪は降りつつ あはれ そこよしや
 雪は降りつつ

 と気持ちよく謡う。弁は童の折に詩の韻字を隠してその詩を示し、隠した韻字を言いあてる遊びの際に「高砂」を謡ったことがあった。蛍宮、源氏ともに弁に加勢するようにともに謡い、急なことで大袈裟なことで楽しい夜の集いであった。宮が源氏に杯を勧めるときに、

 鴬の声にやいとどあくがれむ
      心しめつる花のあたりに