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私の読む「源氏物語」ー41一藤袴

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 九月に入って霜がおり何となく初冬の感じがする朝、例によって女房達がそれぞれ贔屓の男達から恋文を預かって隠しながら、こっそりと玉鬘に渡すのを玉鬘はそこにほっといて見ようともしない。持ってきた女房が文を開いて玉鬘に読み聞かせるのを玉鬘は聞いていた。鬚黒大将からの恋文に、
「九月は忌月なので貴女が尚侍出仕はされないだろうと私は、貴女のお文を今まで当てにしていましたが、九月にはいり空を眺めていますと過ぎてゆく雲がいかにも気がもめて悲しくなってきます。

 数ならば厭ひもせまし長月に
     命をかくるほどぞはかなき
(私がもしも、貴女を妻にすることが出来るような人並の者であるならば、婚姻を忌む月というので、
九月を厭いもするのであるがなあ。然し来月は宮仕に参りなさるというから、この九月に一命を掛けて、貴女との婚姻を当てにしている、この私が、何とも頼りない事である)」
 鬚黒は柏木から十月にはいると玉鬘は尚侍として参内すると、聞いていたのである。蛍兵部卿の宮からは、
「何と言うても、どうしようもない貴女の宮仕の事情は、今更かれこれ文句の申しようはないけれども。

 朝日さす光を見ても玉笹の
    葉分けの霜を消たずもあらなむ
(御身は、たとい宮仕して、帝の御寵愛を受けても、玉笹の葉の間の霜のような私を、忘れないでいて欲しいです。帝を朝日に、玉笹の上の霜を自身にたとえた。霜は、朝日によって消えて無くなるから)

 私が貴女を恋する気持ちを察していただければ、私の胸のつかえが下りるようです」
 とあって、文を結んだのは痩せた笹の、折れた枝で、霜を落とさないようにして、そのまま大事に持って来た使いの者は、痩せて貧弱な者であったから、手にした下折の笹に見事に調和していた。
 式部卿の宮の息子の左兵衛の督は当然紫の兄である。六条院にはよく訪問してくるので、玉鬘の尚侍として宮へ参内することをよく知っていて、彼も玉鬘を恋しているので残念に思っていた。そのようなわけで彼もまた玉鬘のことを誰よりも嘆いて、

 忘れなむと思ふもものの悲しきを
     いかさまにしていかさまにせむ
(貴女を忘れようと思うのであるが、何という事なしに只悲しいから、貴女に対しては私をどのようにし、又我ながらいかようにしてよいのやら分別がつきませぬ)

 このように玉鬘に送ってくる文の紙の色や、墨の使い方、紙にしみこませた匂いはそれぞれ、玉鬘を恋する三人の男の使い方は違っているが、それを見て玉鬘のお付きの女房達は、
「これらの方々はみな、玉鬘が宮仕なされば、きっと諦めなさるに相違ないのが」
「私たちには淋しいことです」
 とこそこそと言い合っていた。
 蛍兵部卿の宮への返事をどうしようかと玉鬘は考えていた、ほんの少し、

 心もて光に向かふ葵だに
    朝おく霜をおのれやは消つ
(自分から進んで日の光に向う向日葵でも、朝に置く霜を自分自身で消しますか、消しはしませぬ。まして私は、自分から望んで出仕するのではなく、源氏が出仕させなさるので、どうにもならないのでござりまする。出仕すれば螢兵部卿宮を忘れるようであるけれども、けっして忘れは致しませぬ。思うにまかせぬ身を御推量下され)

 と言う玉鬘の返事の薄墨で書いた筆跡を眺めて蛍宮は、見事なものと玉鬘の返事の歌を見入っていた。
宮は玉鬘が自分の彼女に向けての愛情を、きっと知っているに相違ない、彼女からの愛の言葉はほんの露の雫のように小さいも野であるけれども、兵部卿の宮は嬉しかった。
 このように、特にどうという事はないけれども、玉鬘への恋文には、多くの人達の、色々な彼女への恋心の模様が映し出されていた。
 女としての心構えは、この玉鬘を、手本とすべきである。源氏を始めとして、玉鬘の体を我がものとしようとした欲望の男達が多くあったのに、彼らの女の心をくすぐるような綺麗な言葉に惑わされることもなく終止したから、男に体を与えることもなく女の身を処することが出来た、手本とすべきである。明石上などは、魅力がないのか男から恋文をおくられることも無く、源氏一人に愛され通したから、男と間違いを起こさなかったことは当たり前のことである。 
(藤袴終わり)