私の読む「源氏物語」ー４１一藤袴
藤 袴 ふじばかま
玉鬘に尚侍として宮中に勤めるように源氏や内大臣はじめ彼女の周りの誰もが奨めるのであるが、玉鬘は宮仕えはどうしようか、と考えていた。父親と思っていた源氏が自分の体をしつこく求めてくるのもうっとうしいが、そのうえ帝のもとに尚侍として仕えて万が一思いもかけないことから帝と体の関係が出来たとすれば、現在帝が愛しておられる秋好中宮に弘徽殿女御がいろいろと気を使うことになるようなことになれば、私の宮に上がるという行動がはしたないことである。
それだけではなく、玉鬘は、自分は生まれは卑しい田舎者で、源氏、内大臣と、どちらにも余り大切には扱ってもらえず、また世間の人も自分の事を軽く見て、源氏とさもなにかわけがあるように噂をしているようでと感じ、「どのように私のことを笑い者にしていることか」と誰も信用出来ず、心を休めることが出来ない。彼女は物の判断ができない歳でもないので、いろいろと考え廻らして人知れずに悩んでいた。
とわ言ってもこのような源氏の六条院に世話になっている生活も、悪くはないのだがここにいると源氏が自分の体をあからさまに求めてくることが、不愉快であるので、なにかの機会をつかんで源氏の欲望から逃げだし、世間の噂になっている源氏の愛人ということから身の潔白を証明したいと常に考えていた。本当の父親である内大臣も源氏の威光を憚って表だって玉鬘を引き取りたいとは言い出せないので、内大臣の許へ引き取られる望みはなかった。
「やっぱり、尚侍となって宮仕えに出ても、このまま源氏の許に居てもどうしてもこうしても見苦しく、淫らな好色めいた有様で。宮仕えすれば、秋好中宮や弘徽殿女御に気まずくなり、六条院に居ては、源氏に懸想せられて自分が色事好きな女だと、紫上や明石上その他の婦人方に、嫉妬もせられる」
といろいろと玉鬘は父親と対面してからは、源氏は実際の親ではないから遠慮がなくなり今まで以上にしつこく玉鬘と関係を結びたい様子を激しくなるのが、彼女にとってはその他の悩み事が加わって以前に増して悩みが大きくなっていた。玉鬘には自分の悩みを充分に相談できる父親は勿論母親もないのである。養父である源氏、父と分かった内大臣どちらもとても相談できるような性格ではなく、また、それぞれが身分が遙かに高い高貴な方であるので、相談をすれば、「そうであろう、こうであろう」と玉鬘の言うことを聞き届けてくれるであろう。世間並みでない我が身を玉鬘は、嘆きながら秋八月の夕暮れ空を眺め、澄んだ赤染みた淋しい様子を部屋の端で眺めている姿は本当に美しい姿であった。
玉鬘は薄墨色の喪服を着ていた。実は彼女の祖母に当たる大宮が三月廿日に亡くなったので、内大臣の一家は喪中であった。玉鬘は祖母の死であるので慣習によって百五十日、五ヶ月間喪に服するのである。それも八月に入ったのでそろそろ喪が明けることになる。玉鬘は静かに喪服を着ているのであるが、目立たない色合いの装束であっても人が見るとやはり華やかに見える、その姿を周りの女房達は、やはり私たちの主人は美しい人であると誇りに思ってみていた。そのようなときに源氏の使いとして今は宰相の中将と昇進している源氏の息子の夕霧が、これも同じように喪服姿で玉鬘の前に現れた、勿論御簾越しの対面であるが。夕霧は源氏家であるので喪服を着ることはないのであるが、子供の頃に母親の葵の上が亡くなってから葵の母親である大宮の許で養育されたこともあって、進んで喪に服していたのである。宰相は参議である、参議は四位以上の才能豊かな者が任じられ、政治の場に臨席する。大納言、中納言に次ぐ重要な地位である。その位の高い夕霧が玉鬘と同じ色であるが少し生地が細かい直衣を着用して冠の纓を外巻きにして柏ばさみをして喪中を表現していた。その姿が女房達の気持ちをくすぐるように美しい。
夕霧は玉鬘を始めから姉であると源氏から言われていたので、非情に優しく接していたのであるし、玉鬘も夕霧を遠ざけるようなこともなく親しくしていたのであるが、今になって実の姉妹ではないと分かると夕霧の心は変わったのであるが、急に変えるのもどうかと思うので以前からの通り御簾几帳を間において、女房の伝言で源氏からの言葉を伝えるのであった。 夕霧は、玉鬘を尚侍に差し出すようにという冷泉帝からの命令を源氏が受けて、そのことを口頭で伝えるようにと言われて玉鬘の前に現れたのである。夕霧から聞いた源氏の伝言に対する玉鬘の返事は、大らかで、おっとりしているその内容から彼女の才気が現れていると夕霧は思い、あの野分けのあった翌朝に目にした彼女と源氏の親と娘と見えない抱擁の様子が目に浮かび、そのときは姉であるからと自分の玉鬘に対する心の気持ちをぐっと抑えたのであるが、今、姉ではないということを知り、普通ではいられない男の欲望がおこり、
「玉鬘が宮仕えに上がることを父は帝の仰せであるから心にもなく私に伝えさせたのである。本心はあの野分けの朝の二人の戯れことから見て、父は玉鬘の体にぞっこん惚れ込んでいるのである。しかしながら、紫の上や明石の上様らとあのように睦まじい間であるのにこの上玉鬘を愛人にすると、お二人の嫉妬心がわき起こって大変なことになるのではなかろうか」
夕霧は思う戸とも虹分の玉鬘への恋心が胸一面に広がって抑えようもなくなってくるのを堪え忍んで、表面はすがすがしく玉鬘に、
「実は父から他人に話すではないと言われたことなのでありますが、女房達の前ではいかがなものかと存じます」
と夕霧は源氏からそのようには言われていないがここで玉鬘と二人っきりになれるようにと口実を造り上げた。夕霧が玉鬘に注意したのを聞いていた女房達は側を離れるが、几帳の後ろの方にお互い横向きになって座っていた。夕霧の心はあの野分けの日に源氏と玉鬘が逢っているところをかいま見たあの美しい玉鬘の姿が頭にこびりついていて、今父の伝言を伝えるのにこのように御簾几帳越しに対面というのが耐えられなかった。そこで何とかして几帳内に入る方法はとまず女房を遠ざけた。そうして自作のあたかも源氏が秘密に伝えよと言われたかのような伝言をゆっくりと考え考えもっともらしく事細かに玉鬘へ語り続けた。
「冷泉帝の貴女へのお気持ちは普通ではありません、そのようなことになれば、秋好中宮、弘徽殿女御がおられるから、よくお考えなされ」
というような内容であった。その夕霧の言葉に応えることもなく玉鬘は几帳の向こうで涙して嘆いている様子を夕霧は可愛らしい女であるとますます夕霧は恋い慕うようになり、自分の心を抑えることが出来なくなって、
「大宮様の喪もこの八月には明けますから喪服をお脱ぎになるでしょうが、日柄が良くないようです。喪明けの禊ぎを十三日に賀茂の河原でなされるということを父が申しておりました。私もその禊ぎに参加しようと思いますので、貴女のお供をいたします」
と夕霧が玉鬘に告げると、玉鬘はそのことが迷惑なので、
「お供をしていただくのは何となく大袈裟な行事のようになります。私はむしろしめやかにこっそりと禊ぎをするのが良いと考えております」
と夕霧に言いさらに、
玉鬘に尚侍として宮中に勤めるように源氏や内大臣はじめ彼女の周りの誰もが奨めるのであるが、玉鬘は宮仕えはどうしようか、と考えていた。父親と思っていた源氏が自分の体をしつこく求めてくるのもうっとうしいが、そのうえ帝のもとに尚侍として仕えて万が一思いもかけないことから帝と体の関係が出来たとすれば、現在帝が愛しておられる秋好中宮に弘徽殿女御がいろいろと気を使うことになるようなことになれば、私の宮に上がるという行動がはしたないことである。
それだけではなく、玉鬘は、自分は生まれは卑しい田舎者で、源氏、内大臣と、どちらにも余り大切には扱ってもらえず、また世間の人も自分の事を軽く見て、源氏とさもなにかわけがあるように噂をしているようでと感じ、「どのように私のことを笑い者にしていることか」と誰も信用出来ず、心を休めることが出来ない。彼女は物の判断ができない歳でもないので、いろいろと考え廻らして人知れずに悩んでいた。
とわ言ってもこのような源氏の六条院に世話になっている生活も、悪くはないのだがここにいると源氏が自分の体をあからさまに求めてくることが、不愉快であるので、なにかの機会をつかんで源氏の欲望から逃げだし、世間の噂になっている源氏の愛人ということから身の潔白を証明したいと常に考えていた。本当の父親である内大臣も源氏の威光を憚って表だって玉鬘を引き取りたいとは言い出せないので、内大臣の許へ引き取られる望みはなかった。
「やっぱり、尚侍となって宮仕えに出ても、このまま源氏の許に居てもどうしてもこうしても見苦しく、淫らな好色めいた有様で。宮仕えすれば、秋好中宮や弘徽殿女御に気まずくなり、六条院に居ては、源氏に懸想せられて自分が色事好きな女だと、紫上や明石上その他の婦人方に、嫉妬もせられる」
といろいろと玉鬘は父親と対面してからは、源氏は実際の親ではないから遠慮がなくなり今まで以上にしつこく玉鬘と関係を結びたい様子を激しくなるのが、彼女にとってはその他の悩み事が加わって以前に増して悩みが大きくなっていた。玉鬘には自分の悩みを充分に相談できる父親は勿論母親もないのである。養父である源氏、父と分かった内大臣どちらもとても相談できるような性格ではなく、また、それぞれが身分が遙かに高い高貴な方であるので、相談をすれば、「そうであろう、こうであろう」と玉鬘の言うことを聞き届けてくれるであろう。世間並みでない我が身を玉鬘は、嘆きながら秋八月の夕暮れ空を眺め、澄んだ赤染みた淋しい様子を部屋の端で眺めている姿は本当に美しい姿であった。
玉鬘は薄墨色の喪服を着ていた。実は彼女の祖母に当たる大宮が三月廿日に亡くなったので、内大臣の一家は喪中であった。玉鬘は祖母の死であるので慣習によって百五十日、五ヶ月間喪に服するのである。それも八月に入ったのでそろそろ喪が明けることになる。玉鬘は静かに喪服を着ているのであるが、目立たない色合いの装束であっても人が見るとやはり華やかに見える、その姿を周りの女房達は、やはり私たちの主人は美しい人であると誇りに思ってみていた。そのようなときに源氏の使いとして今は宰相の中将と昇進している源氏の息子の夕霧が、これも同じように喪服姿で玉鬘の前に現れた、勿論御簾越しの対面であるが。夕霧は源氏家であるので喪服を着ることはないのであるが、子供の頃に母親の葵の上が亡くなってから葵の母親である大宮の許で養育されたこともあって、進んで喪に服していたのである。宰相は参議である、参議は四位以上の才能豊かな者が任じられ、政治の場に臨席する。大納言、中納言に次ぐ重要な地位である。その位の高い夕霧が玉鬘と同じ色であるが少し生地が細かい直衣を着用して冠の纓を外巻きにして柏ばさみをして喪中を表現していた。その姿が女房達の気持ちをくすぐるように美しい。
夕霧は玉鬘を始めから姉であると源氏から言われていたので、非情に優しく接していたのであるし、玉鬘も夕霧を遠ざけるようなこともなく親しくしていたのであるが、今になって実の姉妹ではないと分かると夕霧の心は変わったのであるが、急に変えるのもどうかと思うので以前からの通り御簾几帳を間において、女房の伝言で源氏からの言葉を伝えるのであった。 夕霧は、玉鬘を尚侍に差し出すようにという冷泉帝からの命令を源氏が受けて、そのことを口頭で伝えるようにと言われて玉鬘の前に現れたのである。夕霧から聞いた源氏の伝言に対する玉鬘の返事は、大らかで、おっとりしているその内容から彼女の才気が現れていると夕霧は思い、あの野分けのあった翌朝に目にした彼女と源氏の親と娘と見えない抱擁の様子が目に浮かび、そのときは姉であるからと自分の玉鬘に対する心の気持ちをぐっと抑えたのであるが、今、姉ではないということを知り、普通ではいられない男の欲望がおこり、
「玉鬘が宮仕えに上がることを父は帝の仰せであるから心にもなく私に伝えさせたのである。本心はあの野分けの朝の二人の戯れことから見て、父は玉鬘の体にぞっこん惚れ込んでいるのである。しかしながら、紫の上や明石の上様らとあのように睦まじい間であるのにこの上玉鬘を愛人にすると、お二人の嫉妬心がわき起こって大変なことになるのではなかろうか」
夕霧は思う戸とも虹分の玉鬘への恋心が胸一面に広がって抑えようもなくなってくるのを堪え忍んで、表面はすがすがしく玉鬘に、
「実は父から他人に話すではないと言われたことなのでありますが、女房達の前ではいかがなものかと存じます」
と夕霧は源氏からそのようには言われていないがここで玉鬘と二人っきりになれるようにと口実を造り上げた。夕霧が玉鬘に注意したのを聞いていた女房達は側を離れるが、几帳の後ろの方にお互い横向きになって座っていた。夕霧の心はあの野分けの日に源氏と玉鬘が逢っているところをかいま見たあの美しい玉鬘の姿が頭にこびりついていて、今父の伝言を伝えるのにこのように御簾几帳越しに対面というのが耐えられなかった。そこで何とかして几帳内に入る方法はとまず女房を遠ざけた。そうして自作のあたかも源氏が秘密に伝えよと言われたかのような伝言をゆっくりと考え考えもっともらしく事細かに玉鬘へ語り続けた。
「冷泉帝の貴女へのお気持ちは普通ではありません、そのようなことになれば、秋好中宮、弘徽殿女御がおられるから、よくお考えなされ」
というような内容であった。その夕霧の言葉に応えることもなく玉鬘は几帳の向こうで涙して嘆いている様子を夕霧は可愛らしい女であるとますます夕霧は恋い慕うようになり、自分の心を抑えることが出来なくなって、
「大宮様の喪もこの八月には明けますから喪服をお脱ぎになるでしょうが、日柄が良くないようです。喪明けの禊ぎを十三日に賀茂の河原でなされるということを父が申しておりました。私もその禊ぎに参加しようと思いますので、貴女のお供をいたします」
と夕霧が玉鬘に告げると、玉鬘はそのことが迷惑なので、
「お供をしていただくのは何となく大袈裟な行事のようになります。私はむしろしめやかにこっそりと禊ぎをするのが良いと考えております」
と夕霧に言いさらに、
作品名：私の読む「源氏物語」ー４１一藤袴 作家名：陽高慈雨