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私の読む「源氏物語」ー40-行幸

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行 幸

  行 幸 みゆき

 このよぅに源氏は玉鬘のことが頭の中を離れない日はない、
「今後彼女をどう扱えば彼女のために良いのだろうか。内裏に出仕して女御になるか、または良縁を見つけて嫁ぐか」
 と玉鬘のことを色々と考えるのであるが、なんと言っても源氏の「音無しの滝」である玉鬘を恋い焦がれる気持ちこそが玉鬘にはなげかわしいことであり、そのことは紫もひょっとしたら源氏は玉鬘に恋しているのでは、という推測もあたり、源氏にとっては軽々しい問題ではなくなってきた。
源氏は、
「内大臣は物事をきっちり処理する性格で、少しでも曲がったことを好まない」
 という彼の性格を考えると、万一玉鬘を内大臣が実の娘と知り、その娘を私が側妻と考えていることを知られ、彼の性格から源氏を娘の婿として世間に公表するであろう。知った世間の人々は、
「なんと源氏は自分の娘と言っていながら、男と女の関係になっていたとは、とんでもない奴だ」
 と、噂に上ることは間違いないと、そこまで源氏は考えを進めていた。
 この年の十二月に都の西方大原野へ帝は鷹狩りをすると宮殿を出て行幸した。宮中勤めの人は勿論、都中総出で行幸の行列をみょうと道に溢れた。六条院に住まいする源氏の側女達も車を連ねて帝の行列を見学した。
 行列は卯の時(午前六時)に宮中を出発した。朱雀通りを五條大路で西に曲がる、桂川まで見物の車がびっしり隙間なしに並んで行幸の行列を観覧していた。
 帝の行幸といっても多くの供を連れ、きらびやかに着飾るとは限らないのであるが、今回のお供は親王達、公家達みな馬や鞍を美しく飾り立てて、それに従う家来、馬の轡取りすべて背の高い者を選び、目立つようなきらびやかな衣装を着せた行列はいつもとは変わって見応えのある見事なものであった。
 左右大臣、内大臣、大納言はじめそれ以下の殿上人はすべて供に加わった。鷹狩りに直接参加しない殿上人と五位、六位の人は緑に青色がかった腋の空いている麹塵(きくじん)とも呼ばれる袍衣に、葡萄染の下襲を着ていた。
 雪がほんの少し降って、道中の空までが優美に見えた。親王たち、上達部なども、鷹狩に携わっていらっしゃる方は、見事な狩のご装束類を用意なさっている。近衛の鷹飼どもは、それ以上に見たことのない山藍や鴨跖草などの汁で種々の模様を布帛に摺り付けて染め出した衣を思い思いの模様のものを着て、その様子は格別である。素晴らしく美しい行列見物と競って出て来ては、大した身分でもなく、お粗末な脚の弱い車など、車輪を押しつぶされて、気の毒なのもある。舟を並べて上に板を渡した舟橋の辺りなどにも優美にあちこちする立派な車が多かった。玉鬘も行列を見ようと車を出した。

 玉鬘も行列を見ようと車を出した。競い合ってきらびやかに着飾った見物の人達を見て玉鬘は、帝が赤色の帝を示す装束で、凛として微動だにしない横顔に、供奉する誰もが比較にならないほどである。自分の父親という内大臣を見ると、容姿は端麗であり、男ざかりとは見るが、臣下であるによってやはり気品には限度があるなあと見ていた。供奉する人にはそれぞれ綺麗に装った人も多いのであるが、玉鬘には輿の中に凛として座している帝以外に目が移らなかった。
 まして、「器量がよいよ」とか「美しいよ」など年の若い女房達が死ぬ程、恋い慕っている柏木中将や弁少将や、その外、彼女たちが口にする、誰々だ、この人はなど叫ぶ殿上人のような人は、何の見る価値もなく玉鬘の目から一斉に消えてしまったのは、冷泉帝の美しさに心が奪われいたからであった。源氏大臣の顔は冷泉帝とあまり変わりがない美しさであるけれども、玉鬘の気のせいで、帝は源氏よりももう少し威厳があり、勿体なく立派であるように思えた。
 しかし源氏のような方は世の中にはあまりいないのである。玉鬘は身分の高い人は、皆美しく感じも格別よいものとばかり思っていて、源氏や、柏木中将、弁少将達の美しさに見慣れていたので、冷泉帝や源氏の前に現れるほとんどの貴人達は玉鬘の目にとまると見劣りした者になってしまい、冷泉帝や源氏と同じ目鼻とも見えず、悔しいほど圧倒されていると感じた。
 源氏の弟の兵部卿宮も供奉の中にいた。黒鬚右大将が、あれ程重々しくて、由緒ありそうにしている人も、今日の装束は、一段と優美で、武官として矢を指し入れて負う平胡ろくなどを負うて御供をしていた。その彼は玉鬘には色黒く鬚が多い感じに見えて、とても好感がもてない。どうして、女性の化粧した美しい顔に男が勝つことが出来ようか。化粧をした美しい女に匹敵するような若い男を求めるのはとても無理なことである、と玉鬘は鬚黒を心の中から追い出してしまっていた。
 源氏が考えて玉鬘に尚侍として宮仕えする事を勧めるのを聞いて、
「尚侍として勤めるのはどうしたものか、宮仕えは、いろいろと決め事が多く見苦しい姿を晒すことになるのではないか」
 と躊躇していたが、
「帝の寵愛を受けようということを離れて、一般の宮仕えとして帝の前に勤めるのであれば、きっと私にとって結構なことであろう」
 という、気持ちになった。

 こうしているうちに行列は目的地の大原野に到着した。帝は御輿から出て已に準備されていた上達部の平張のに入り食事を取り、衣装を直衣から狩衣に着替えているときに、源氏の六条院から酒や菓子類などが献上品として送られてきた。源氏も本日のこの行事に参加を予定していたのである。帝からも前もって参加するようにご沙汰があったのだが、物忌に当たるので参加が出来ないと返事したのであった。。
 蔵人で左衛門尉を使者として源氏邸に送り、雉(きじ)一双(雌雄二羽)を柴の枝につけて、源氏に差上げなさる。これは、鷹狩りから贈る時は、一メートル前後の柴の枝を折って一双をつける。枝には刀のあとをつけない。冬は雄を左に、雌はその下につける雉をつけた。帝の言葉がどうであったかは省いて、和歌を、

 雪深き小塩山にたつ雉の
   古き跡をも
     今日は尋ねよ
(雪の深い小塩山に飛び立つ雉のように、太政大臣が野の行幸に供奉した先例を今日は尋ね見られよ。先例はある故に、今日は参加せられたらよかったのに)

 現在源氏は太政大臣であるが、先の太政大臣は亡き妻葵の父である、このような野の行幸に供奉なさった先例があったのであろうか、と思い源氏は、使者に立った蔵人左右衛門尉を懇ろに労った。返しの歌は

小塩山深雪積もれる松原に
    今日ばかりなる跡やなからむ
(小塩山に深雪が積もった松原に、今日ほどの盛儀は先例がないでしょう)

 と、源氏が返事したのであるが、筆写のうろ覚えであるかも知れない。 

 大原野へ鷹狩り行幸の翌日、源氏は、西の対に住む玉鬘に文を送った。、
「昨日の帝行幸で帝を拝見されましたか。宮中に尚侍として勤めに上がること、決心つきましたか」
 と尋ねた。白い色紙に、内輪の文の柔らかい手紙で、いつものように懸想じみているようなこともなく、それでも素晴らしい文を玉鬘は見て、
 「つまらない想像をなさる」