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私の読む「源氏物語」ー37-常夏

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 と五節に語るのである、このような事を気に掛けて五節に話すのは人から軽蔑せられているのである。
 近江は弘徽殿の許に参上する前に文を送ることにした。
「『人知れぬ思ひやなぞと葦垣の間近けれども逢ふ由のなき』と古今和歌集に詠われていますほどお側近くにおりながら、今までお伺いする幸せを得ませんのは、『立ちよらば影踏むばかり近けれど誰かなこその関をすゑけむ』の歌のように、来るなと関所をお作りになったのでしょうか。御目にはまだかかってはおりませぬが、私は御身と姉妹であると言うからと古歌に「知らねども武蔵野といへばかこたれぬよしやさこそは紫のゆゑ」あるように馴れ馴れしく申すのは、恐れ多いけれども失礼ながら申上げまする。まことに、ああ、恐れ多い事よ、ああ恐れ多い事よ」
 と、古歌や点ばかり多い書き方で、その裏には、
「 ほんにそうそう、今タにも御許に伺いましょうと思い立つのは、古歌に言う「厭われる場合には一層却って心がはやる」のであろうか、いやもういやもう、私の筆蹟の拙い点をば、良いようにまあ見直し御許し下されよ」
と書いて。また端の方に、このように、

草若み常陸の浦のいかが崎
  いかであひ見む田子の浦波
(未熟者ですが、いかがでしょうかと何とかしてお目にかかりとうございます並一通りの思いではございません)
大川水の」 
 と、歌も、最後の一言も意味が通らない文を、近江は青い色紙二枚重ねて大層草仮名を多くして、角ばった筆蹟で、たれそれの書風ともわからず、ふらついた書きようで、その上「し」の字を長々と引いて書き、無闇に気取ってあった。行の工合は、端の方になるに従って行が斜になり更に曲って、たしかに倒れるように見えるのを、近江はにっこりしながら見て、それでも女らしくたいそう細く小さく巻き結んで青い色紙に書いたものは、青葉のついた木の枝などに付けるはずであるのに、撫子の花の付いている茎の所に付けたのである。植物は色紙と同色にすべきものなのである。

 殊更に便所や便器掃除の女童といっても、仕事慣れして可愛らしい綺麗な新参者なのであった。近江の文を持って弘徽殿女御の御方の膳部を整える台盤所に寄って、
「この文を弘徽殿女御様に差し上げてください」
 と言う。受け取った台盤所の下仕えがこの童の顔を知っていて、
「北の対の近江の君様に仕えている童だわ」
 と言って、近江の文を受け取る。その文を下仕えの女から受け取って大輔の君という女房がが、弘徽殿の許に持参して、開いて御覧に入れる。
 弘徽殿が、読み終えて苦笑して置いたのを、中納言の君という女房が近くに控えていて、横目でちらりと近江の文を見た。弘徽殿に、
「大変に今風の酒落た御文の様子で御座いますね」
 と言って、その文を見たそうに思っておるから弘徽殿は見せてやろうと思い、中納言に、
「草仮名は、私はあまりわからないせいであろうか。この歌は、始めも終りもないと思うのだが」
 とおっしゃって、渡した。草仮名は漢字をくずしたもので変体仮名といわれやや角張った字である。 
 弘徽殿は読み終えた中納言に、
「返事は、この歌のように、意味ありげでなければ、下品であると軽蔑されるであろうか。すぐに返事を書いてください」
 と、中納言に代筆を任せた。
 若い女房達は、弘徽殿の妹からの文であるので、表だって笑わないが、近江の文が何となしにおかしいので、皆ひそひそと忍んで笑ってしまった。使の童が御返事を催促するから、
「風流な引用の事柄にぱかり、御妹近江君の文は、こだわっておいでですので、どうもそれへの御返事は書きづらい。それに又、はっきりと代筆と分かってしまっては、御妹であるから、近江君に気の毒であろう」
 と独り言を言いながら、まるで弘徽殿女御のご筆跡のように書く。
「近所にお住まいになっておられのにもかかわらず、お会いできないのが残念に思っていました。

 常陸なる駿河の海の須磨の浦に
     波立ち出でよ筥崎の松
(常陸にある駿河の海の須磨の浦に
お出かけくだい、箱崎の松が待っています)」

 と近江の歌に似せて首尾が一貫しない歌を書く、中納言は弘徽殿に読んで聞かせた、弘徽殿はその歌を聞いて、弘徽殿は代筆の文を聞き終わると、
「まあ、このような歌は困りますわ。近江や周りの女房が本当にわたしが書いたのだと思ったらどうしましょう」
 と、どうしようかと考えていたが中納言の女房は、
「それは近江の君様以外の方は、充分お分かりのことと思いますよ」
 と言って、花も付けずに紙に包んで使いの童に渡した。
 近江は使いが持って帰った中納言代筆の弘徽殿の文を読んで、
「趣のある面白い御詠みぶりであるなあ。巧みに「待っている」と仰せなされたよ」
 と言って、蜜の多い甘ったるい下品な薫物の香を、何度も何度も着物にた焚きしめていた。紅を多く唇に付けて、髪を梳いて化粧をした近江は、それなりに派手で愛嬌があった。弘徽殿との対面の時は見物であったであろう。
(常夏終わり)