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私の読む「源氏物語」ー37-常夏

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常 夏

 夏になった照りつける太陽がじりじりとこの世界中を焼き尽くすように照りつける、そのような一日源氏は東の釣殿に出て涼んでいた。息子の夕霧もやってきて同席していた。そこへ六条院の家司達がやってきて、贈られてきた桂川で捕れた鮎、また六条院に近い加茂川や高野川で捕れたいしぶしと呼ばれるカジカのような魚を源氏の前で調理してだした。夕霧を訪ねて毎日のように来る内大臣の子供達もやがて参上してきたので源氏は喜んでさあここに座れと一同を並ばせた。源氏は若い者達を見回して、
「退屈していてこれから昼寝でもしようかと思っていたところだった、みんなちょうどよい時に来てくれた」
 と酒を進め、氷室に囲っていた雪の塊から作った氷を入れた水を取り寄せ、その水をかけた水飯などを作らせて、みんなと賑やかに食事をした。
 池の方から吹いてくる風は気持ちよく吹くが、夏のことで日中は長く、曇りない空が広がっている、夕方近くなり西日が射す頃になると、暑さのためか蝉の声なども何となく苦しそうに聞こえてくる、食事半ばに源氏は、
「この釣殿の水の上にいても効果のない今日の暑苦しさだね。こんな暑さだから私の失礼は許してもらえますね」
 と一同に断って、物に寄りかかって足を伸ばして横になた。そのままで、
「とてもこんな暑い時は、管絃の遊びなんか暑さのためとても合奏しようなどとは思わないね、とは言っても、せっかくみんなが集まったこの日に何もせずにぼやっとして汗かいているのも、どうかと思うね。君たちのように宮中勤めをする若い人達は、この暑熱はつらいことだろうよ。直衣の首の入紐も解かずに、楽な姿勢にもならず窮屈なことであろうよ、几帳面な姿はここではいらないから入り紐をはずしてくつろいで、お前達が見聞きした最近世間に起こったことで、少し珍しく、私の眠気が覚めるようなことを、話してみてくれ。近頃何となく年寄ったみたいに感じて、世間のことが分からなくなったのでね」
 など若者に促すのであるが、珍しい事と言ってもすぐには浮かばないもので、若い者達は源氏にとっては息子や甥達であるのに恐縮して口に出さず、みんなは涼しい風が通る高欄に、背中を寄り掛けながら座っていた。

「そうだはっきりと聞いたのではないが、お前の親父の内大臣が外腹の娘を捜し出して、大切に育てていると言うことを誰かから聞いたぞ、本当なのか」
 と、突然柏木の弟の弁少将に尋ねると、
「大袈裟に言うほどのことでも御座いませんが、今年の春のころ、父が外腹の子を探しているという不思議な夢を見たと、夢占いに話したことを、その占い師が占ったことを人伝てに聞いた女が、『私のことでは子細がある』と、名乗り出ましたのを、兄中将の朝臣が耳にして、『本当にそのように言ってよい証拠があるのか』と、その女を尋ねました。詳しい事情は、私には分かりません。源氏様がおっしゃるように、最近珍しいことであると噂話になっているようで御座います。この証もない女が娘だと名のり出るような事件は、何としても、そんな噂を立てられる父にとっては家門の不面目な事でござりました。」
 と言うのを聞いていて源氏は、
「やはり本当だったのだ」
 と思い、
「私から見るとその方達はたいそう大勢の兄妹であるのに、さらに列から離れ後れた雁を、無理に探して連れ戻すというのが、そなた達の父君の欲張りという癖なのだ。私はとても子どもが少ないのに、そのような隠れ子が名乗り出てくるようなことを見つけ出したいが、私の許に名乗り出るのも嫌な所と思っているのでしょう、まったく聞きません。それにしてもその娘は、全く無関係ではあるまい。そちらの父は昔若い頃にあちらこちらと、どんな場所にでも、何とか言っては忍び歩きをしなさったがその時代に、素性がよくわからない女の腹に宿った娘であろうし、そのような娘は曇りのない立派な性格であろうはずがないであろう。」
 と、笑いながら言うのであった。息子の夕霧中将君も、以前から従兄弟である柏木から詳しく聞いているので、父源氏の今の言葉がおかしく思って、その気持が顔にも現われてくるのである。内大臣の子供の弁少将と藤侍従とは、父のことをとてもつらいと思っていた。源氏は、
「夕霧朝臣よ。せめて、その列を離れておくれている雁のような落葉の姫君でもお前は拾って妻にしたら。内大臣に雲井雁を断られて格好が付かないのなら「髪に挿して飾とする」には同一の花というから同じ姉妹で、内大臣に断られた心を慰めるとしたらどうだね、それで何の問題もないのでは」
 と、源氏は内大臣には面当てがましく皮肉に夕霧をからかった。
02
 こんな問題になると源氏と内大臣は昔から仲がよいのであるが、どうしても二人の間にしこりができてしっくりといかないところがある。その上、息子の夕霧中将を雲井雁との恋仲なのを、反対して夕霧をひどく恥ずかしい目にあわせて、嘆かせその息子のつらさを源氏は腹に据えかねて、自分が彼の息子達に言った言葉を内大臣が聞いて
「悔しいとでも、本人達からでも人伝でもいいからよく聞けばよいい」
 と、内大臣の隠し娘の件を聞いて思た。
 このように内大臣の隠し娘名前を近江君というのであるが、そんな女がいるとなると、自分がかくまって育てている内大臣の隠し娘である玉鬘のことを、
「今玉鬘を内大臣に会わせたならば、昔から源氏と対抗的な意識の強かった内大臣のことであるから今度もまた、源氏の玉鬘に対抗する態度でまた近江は軽々しく扱われるようなことはあるまい。彼は目だってはっきりとしていて、けじめをつけるところがある性格で善悪の差別も明確で、善い事は取立てて褒め、また悪い事はけなして軽蔑する事も、他の人と違うはげしい男であるから、玉鬘を自分が隠していたことを知ればどんなに激怒するであろう。私が予想もしない方法で、玉鬘に会わせたら、玉鬘を近江のように軽く扱うことはできまい。大事に扱うに違いない」
 と思うのであった。

 夕方になって陽がかけ始めると水面を渡ってくる風がとても涼しくなり、若い者達は何となく帰るのが惜しいように感じていた。源氏も自分がこの場にいれば遠慮もあって楽しく語り合うことも出来まいと思い、
「楽にしてこのままここで涼んでいたらどうかね。私もこのように若い人の中に混じっていると煙たがられる歳になってしまったようだから」
 と言って立ち上がり、玉鬘の許へと行こうとしたので、集まった息子や甥達も源氏に従って玉鬘の許へと移動した。
 陽が落ちた夕方の薄暗い時に、若者は同じ薄物の直衣姿なので、見る者は誰とも区別がつかない、源氏は玉鬘に、
「もう少し外へお出になりなさい」
 と言って、こっそりと玉鬘に、
「それ内大臣の息子の少将や、侍従などを連れて来ましたよ。この者達は貴女に会いたくて飛んで来たいほどに思っていたのを、夕霧中将が本当に真面目一方なので、貴女の許へ一同を連れて来なかったのは、なんとなく思いやりがないように感じましたよ。