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私の読む「源氏物語」ー30-乙 女

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乙 女

 藤壺中宮が亡くなって一年がすぎた。宮中を始め世の中が喪が明けて内裏内で働く女房や下働きの女、殿上人達の着ている装束も明るい色が目立ち、やがて葵祭りも近づいてくると空も晴れ晴れと爽やかに青く澄み渡り気持ちのいい日が続くのである、その頃斎宮は亡き父の喪もそろそろ明ける頃だしと思っていたがまだ喪服を着替えずにいた。
 庭先に植えた桂の木を通して心地好い風が吹いてくる、斎宮の周りにひかえている女房たちは、その風を肌に感じながら、主人が斎宮として加茂の社に勤めていた頃のことを思いだしていた。
 そのようなところに源氏から
「禊ぎの日でありますが斎宮から引かれた今はさぞかしのんびりなさっておられることでしょう。
という前書きで文がきた、
「今日は葵祭りの日です、

 かけきまは川瀬の波もたちかへり
       君が禊の藤のやつれを
(考えて見ますと貴女がかってお勤めなさった禊の日が貴女の父上の喪が開ける日だということを)

 源氏は紫の紙に達筆で書きそれを礼書の紙で巻き両方の端を折込んで立文の形でごく当り前の文章で藤の花を添えて朝顔の宮に送った。朝顔も昔を思いしみじみと感慨にふけっていたときであったのですぐに返事を書いた。

 藤衣着しは昨日と思ふまに
   今日は禊の瀬にかはる世を
(父の死に喪服を着たのは昨日のように思います、あれから一年がすぎました、世の移り変わりは早いことです)
たよりないことです」

 という歌だけの返事であったが源氏は嬉しくて、他のことはすべて忘れてじっと女の美しい筆跡を眺めていた。
 源氏から朝顔の許に喪開けの贈り物が女房である宣旨の元に届けられた、あまりの量に置き場に困るほどであった。このようなことをされては迷惑と朝顔は思っていると、宣旨はわかるので、
「きどった恋文でも付いているのなら断ることも出来るのだが、斎宮でおられたときは公式に多くのご援助頂いた、それはそれなりに理由があったから有り難く受け取ったのであるが、今回は全く非公式の源氏の思惑見え見えの品物である。宣旨はどう処置したらよいだろう」
 と源氏の贈り物の処置に困るのであった。

 源氏朝顔姫両人の叔母であり現在朝顔が同居している五の宮も、よく訪れて何かと贈り物を置いていく源氏が可愛くて、
「源氏の君はまだ子供であると思っていたのに、いつの間にか大きくなられ、よくこちらへ訪ねてこられ私の面倒を見てくださる。お小さいときからとても可愛くて光り輝くようであったが、今は大人の気品も備わってますます美しくなられ、ごく小さい折に母親を亡くしたのに立派に成長された。」
 と女房達に褒めちぎられるので聞いている女房達もその通りであると笑顔で五の宮の言うのを聞いていた。
 五の宮も直接朝顔に向かって、
「源氏様がこちらを再々訪れなさるのは、貴女の気持ちを確かめようとなさっておられるのですよ。あの方は今急に貴女に懸想されたのではありません。貴女の父上もかって源氏様を貴女の夫にとお考えであったのですが、左大臣の姫君葵様に婿として行かれ、貴女と源氏様との縁を見ることが出来なかったことを、そして貴女も源氏様を婿君とすることに反対されている、などをおっしゃって悔しがっておいでになりました。
 また左大臣の姫君を源氏様の婿として決められた限りはこちらの無理を通したならば葵様の母上である私たちの姉の三宮が嘆かれることは分かっていることで、私達は口を挟むことはしなかった。今はあの葵姫も亡くなられ、貴女がどのような行動をなされてもだれもからも非難をされることはありません。そうして源氏の君もこちらに通ってお出でになられます。お二人が結ばれたらよろしいと私は思っています」
 五の宮は昔からの男女のちぎりかたを朝顔に語り源氏の正妻になるように遠回しに告げる。
 五の宮の言葉に朝顔は、
「亡き父からも私は強情者と思われて過ごしてきました。それを今さら自分自身を曲げて源氏君の妻になろうとはとても私には出来ません」
と答えて五の宮の言ったことに朝顔は大変困惑しているので叔母の五の宮はそれ以上何も言えなかった。
 朝顔は叔母までもこのように自分と源氏を結び付けようと言われるならば、邸内に働いている女房はじめ小者までが自分と源氏が結ばれることを期待していると思い、いつあの者達の手引きで源氏が夜這いして来るのではと不安に思っていたが、源氏は無理に女を押さえ付けて関係をするというようなことは考えず、彼女の気持ちが自然に自分に靡くように、自分の行動を自制しょうと考えていた。

 源氏と最初の正妻亡き葵との間に出来た子供である夕霧も十二歳になり元服をすることになった。源氏は自分の屋敷である二条院で式を挙行しようと考えていたが、夕霧の祖母である亡き葵の母が、孫の元服姿を見たいと言われるので、源氏は葵亡き後夕霧を育ててくれたのは葵の母の大宮であるので、祖母の心を汲んで亡き左大臣邸で催すことにした。
 右大将に出世した葵の同腹の兄、源氏とも仲のいい頭中将をはじめとして夕霧の伯父達すべて殿上人である、帝の信任も厚く、我も我もと式典の準備を手助けするとおしかけてきた。光源氏大臣の息子の元服の式典が催されると、世間中大騒ぎの中で準備が進められていった。
 元服が終わると帝から位を戴く、親王であれば普通従四位下を戴く、源氏はすでに臣下に下っているので従五位下がきまりである。冷泉帝は源氏との関係から親王待遇にしようと考えるのであるが、源氏は、
「あの子はまだ幼いので、今のうちから世の中が思いどうりになると考えるのもどうか、夕霧はもっと勉学をして自分の力で位を戴かないと」
 ということで夕霧は元服の式が終わると勤めている宮中へ童殿上人として六位の装束である浅緑色のほうを着て帰っていった。その後ろ姿を見送っていた祖母はそこまで厳しくしなくてもと、孫が可哀想でならなかった。
 元服を終わって帰る夕霧を見送ってから祖母の大宮と呼ばれている亡き妻葵の母は、源氏にどうして夕霧を四位にしなかったのかと恨み言をいうので源氏は、
「今私の力づくであの子に位を戴いてもまだ若いのにいっぱしの大人になったような気持ちになられては困ります。あの子のことについては少々考えていることがあります、しばらく大学へ送り学問に専念させるつもりです、二三年ほど学問に熱中させやがて宮中に上がれるようになれば、人間も出来て来るでしょう。
 私は宮中で生まれ育ったために世の中のことを何一つ知らずに加冠をいたしました。私は昼となく夜となくただ帝の前に伺候して父の帝から簡単な読み書きを教えていただきました。そんなわけでどうしても見聞は狭いものになってしまいました。これでは文章を書いたり歌を作ったり、管絃の道にも世間の人に及ぶことが出来ません。出来の悪い親から素晴らしい子供が現れたという例は聞いたことがありません。そのうえ私たちは父から子へ、子から孫へと代々続いて行きます。永遠に続くわが一門の先で先祖となる私が後の世で笑い者にならないようにと考えている次第です。