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私の読む「源氏物語」ー29-薄雲

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  薄 雲


 源氏三十一歳の冬にになった。
 源氏が明石から呼び寄せた、外の夫人明石、明石の母、娘の三人がこの年の秋に京に上って季節は冬へと移っていった。たまにしか現れない源氏に女たちの心細さが冬の季節とともに深まっていく。川沿いの住まいも明石の心細さを増していく、心が揺れるまま毎日が過ぎてゆく、その姿を源氏が見て、
「これからもこのような暮らしではとても毎日を送ることが出来ないのではないか、私が何回も言っているように、二条のあの新しい屋敷に、私の屋敷の近くに移られてはどうかな」
 と明石に勧めるのであるが、明石は
「宿変へて待つにも見えずなりぬればつらき所の多くもあるかな」後撰集の歌を思い、折角宿を変えても来る人が来なくなれば歌のように辛い日々ばかりを送ることになる。そんな冷淡な源氏を見て未練がましく思うのも「恨みての後さへ人のつらからばいかに言ひてか音をも泣かまし」拾遺集の歌にあるように声を出して恨み泣きすることもどうかと思うし、と源氏の言葉に応えも出来ずに胸が苦しくなっていた。見ていた源氏は更に明石に、
「ではこの姫を、ここにこのように置いておくことは可哀想である。将来高貴な方に嫁ぐことも出来る身であるので大切にしなければならない。紫も姫のことを私から色々と聞いて会いたいと言っていますし、貴女がこのままここに居るというのならしばらく二条院で預かって、色々と紫から教えて貰い袴着の祝いもしてやらなければ、それも私の娘だから盛大に催さなければ、と思っているのだが」 心から明石に語りかけた。聞いていた明石は源氏が尋ねてこない日に、色々と行く末を考えながら、源氏は我が娘を紫の子供として取り上げてしまうのではないかと思っていた。それが今現実となって源氏から告げられると胸がつぶれそうな驚きとなって、
「この娘が紫の上がお引き取りになって、養女になさり大切に育ててくださっても、この娘の素性は人の口から世間に漏れてしまうでしょう、それはどうしようも出来ませぬ」
 と娘を手放すことはとうてい出来ない、この明石の言うことは尤もなことである。源氏は、
「あなたが賛成しないのはもっともだけれど、貴女に替わってこの娘を育てる紫のことを不安がったりはしないでください。紫は私の妻となってずいぶん長くなるのだが、この娘のような可愛らしい子供が出来ないのをとても残念で淋しく思っていてね、貴女もご存じでしょうが前の伊勢斎宮などは幾つも年が違っていないのだけれども自分の娘のように世話をしてそれがとても楽しいようです、ましてこんな無邪気な可愛い姫にはどれほど深い愛を持つかしれない、と私はおもっているのですよ」
 と、正妻の紫の思いを明石に言うのである。
明石は源氏の語る紫のことから、、
「本当に源氏はあちらこちらに外の夫人をこしらえて、どの方の許に落ち着かれるのかと思っていたが、その浮気心が治まり今は紫の許で静かに過ごすようになったのはいい加減なご縁ではない、紫の上のお人柄がおおぜいの外の女より優れていらっしゃるからであろう」
 と思い、また
「私のような低い身分の女が紫の上と同じような扱いを受けられることでもない、それにもかかわらず、この娘を私が立派に育てますとさし出たら、紫の上はこの私を身の程知らずな女と、思われることであろう。自分はどうあがこうともこれ以上になることはあるまい。然しこの娘は将来のある身の上をもち、ゆくゆくは、源氏や紫の上の心次第でもっと上の世界に上がることもあろう。そういうことを考えるとこの娘のために今まだ無邪気な間に紫の上に譲ることにしようか」
 と可愛い娘であるが紫に娘の将来を託すことに決心した。 また一方では、
「この娘を紫の上に預けたならば、毎日が不安でたまらないだろう。娘を育てることも出来ない所在ない気持ちのまま、何のあてもなくどのようにして日を過ごすのか。何を目当てとして生きていけばよいのだろう、源氏様は時々お越しになるだろうか」
 などと、あれこれと悩むにつけ、女の身の上の辛さは際限がない。

 共に京に来ていた明石の母は、思慮深い尼君であった。源氏の申すことを聞いて、娘の明石に、
「源氏様が仰ることはどうにもならないことですね。仰るとおりにして娘を差し上げればそう度々のお越しはなくなりお目にかかれないことは、貴女にとっては胸の痛いことにちがいありません。しかし結局は、姫君のためによいことだろうと考えることです。源氏様は浅いお考えでおっしゃることはないでしょう。ただごあの方を信頼申し上げて、姫をお渡しなさい。母方の身分によって、帝の御子でもそれぞれに差があるようですから。源氏様とて、世に二人といない素晴らしい御方でありながら、臣下として朝廷に仕えなさっているのは、母君の父上故大納言が、いま一段高位にならずに亡くなられ、あの方は更衣腹と言われ女御の子供より低く見られ、その違いが臣下になられたようです。まして私たちは低いくらいの臣下です、比較することもできません。また、親王の家柄、大臣家といっても、やはり正妻の子供が優位に待遇されそれ以外の子供は、世間も軽くみて、父親も同じように見てくれないものです。まして、この姫は、源氏様にもし身分の高い女君がおられて姫君が、生まれたならば、すっかり忘れ去られてしまうでしょう。女というものは親からたいせつにしてもらうことで将来の運も招くことになるものよ。袴着の祝いも、どんなに一生懸命に盛大に催しても、古今集にもある『かたちこそ深山隠れの朽木なれ心は花になさばなりなむ』(姿かたちこそ深山に隠れている朽ち木のようにみすぼらしいが、心は綺麗な花にしょうと思えば、できるにのだよ)兼芸法師が詠っておられるが、ここのように人里離れた所では、誰も歓心をもって見てくれないでしょう。ただ源氏様にお任せして、どのように育ててくださるかを、見ていらっしゃい」
 と娘の明石に諭した。
 あの古今和歌集に「かく恋ひむものとは我も思ひにき心の占ぞまさしかりける」(このようにはげしく恋い慕うことになるだろうとは、私もかねがね思っていた。心の中で占った結果はまさに当っていたよ)という歌があるが、源氏が明石の前から去って彼女は、利口な人はこの歌のように、娘を手放すようになるだろうということは、私も思っていたし、この人のように心の中で占っていたことが当たったようだ、と考えて学のある人にどうするべきかを尋ねてみると、
「娘さんを源氏様に差し上げるのが良策」
 という返事であったので、やはりみんながそう考えているのかと明石は決心はしたものの心の支えがなくなってしまった。
 源氏もあのように明石に言ったものの、明石の気持ちを察すると強くは言えずただ、
「袴着の祝いをどのようにしようか」
 という内容の文を送ってきた。明石はその返事に、
「何事につけても、ふがいないわたくしのもとに娘を置いておくことは、お言葉どおり将来のことを考えますとこの娘にとっては可哀想なこととなりますでしょう。また私がご一緒させていただくようなことも、世間の人のもの笑いの種になるだけです」
 というような意味のことを認めた。源氏はその明石の文を見て、可哀想なことを言ってしまったと思うのであった。