私の読む「源氏物語」ー27ー松風
いろいろな品物を身分に応じて今宵の記念として渡して、戴いた物を肩にして霧の中で見え隠れしているのも、庭に咲く花かと見間違えるほど色あいがとても素晴らしく見える。近衛府に勤務する有名な舎人、その芸を源氏に見て貰おうと従っているのに、何も貰えないのはつまらないと言うのに源氏は、「その駒」という神の還御を送る歌。「葦ぶちのや森の森の下なる若駒率て来葦毛ぶちの虎毛の駒その駒ぞや我に我に子さ乞ふ草は取り飼はむ水は取り草は取り飼はむや」などを謡いはやして、脱いで次々とお与えになる色合いは、秋の錦を風が吹き散らしているかのように見える。
大騒ぎの末に帰っていく源氏の姿を、大堰にいる明石の君は聞いていて名残惜しく庭を眺めていた。
「文を忘れてはならない」
と源氏も明石のことを心に掛けていた。
源氏は自邸である二条院に帰って、しばらく紫の前に現れずに自分の部屋で体を休めた。
やがて紫の部屋に行き桂山荘の話をし始めた。話の終わりに、
「三日ほどと言って出かけたのだが少し長くなってしまった、申し訳ない。いつもの仲間がやってきて、ほれ頭中将達よ、やれ管弦だ、月見だ、と引き留められてしまい、今朝は疲れが出てなんとなく体がだるいようだ。」
紫が少しむくれているのに気が付いていたが源氏は知らん顔で、
「彼女と貴女では比較にならない身分ですよ、僻んだ考えをするのは貴女の悪い癖ですね。自分は自分ですよ」
諭すように言って自分の部屋に帰り横になって体を休めた。
日暮れになって源氏は内裏に参上した。出かける前に源氏は人に分からないようにして文を書く、明石へ宛ててであろう。横目で見ている女房達は、なんと細かいとこに気が付くことよと、こっそりと使いの者に文を渡す源氏を見て、紫付の女房達は源氏を憎たらしく思った。
源氏は内裏に参内してそのまま内裏に留まっているのが筋であるのだが、紫のことが気にかかり彼女の機嫌を取らなければと、夜が更けてから内裏から退出した。明石からの文を使いの者が持ってきて源氏に差し出した。紫に隠すこともなく彼女の前で明石の文を開いて読んで、問題になるようなことが書かれてないので、
「読んだら破き捨ててください。あれこれと言ってきて。このような文を貰う歳はとっくに過ぎてしまったのに」
紫の手前そのように言って脇息にもたれ、心の中では明石に会いたくてたまらないのである。じっと灯りを見つめたまま言葉を言わない。明石からの文は広げたままであったが紫は見ようともしない、それを見て源氏は紫の機嫌を取るように、
「せめて、ちらっと、でも御覧になってはどうですか」
と言って笑う源氏の姿はまた一段と艶であった。
源氏は紫の許に近寄って、
「実を言うと、承知のように初めて娘に会ってきたのだが、とてもかわいらしい姫君だものだから、我が子であると思いましたよ、そうかといって、あの女の身分もあり私の娘として一人前に扱うのも色々と問題が多いのではと、困っているのです。わたしは身分のことを考えているのです、あなたも考えて下さってなんとかよい方法を考えてください。私は思うのです、どうです、貴女が引き取ってここで育ててくださいませんか。神代の話で体の萎えた蛭の子が三年たって脚が立つようになったと言い伝えもあることだし、あの娘も三歳にもなっているのだからもう体の心配もないでしょう、子供には罪がないのだから放っては置けないでしょう。あどけない腰のあたりを、袴でも新しくこしらえてやってと思うのだが、貴女が嫌だと思わなければ、着袴の祝いをしてやって、貴女が腰結いの役を勤めてやってくださいな」
と紫に話しかける。紫は聞いていて源氏に、「私を意地悪者のように貴方は決めておいでになって、これまで私には大事なことを皆隠していらっしゃる、ですから私も、貴方を信頼するのも止めようかと思っていましたのよ。けれどもお話しを承って小さい姫君のお相手に私はなれますよ。どんなにおかわいいでしょう、その方ね」
と言って源氏に少し微笑みかける。紫は明石には嫉妬心が残るが、話の姫を立派な女に育て上げ将来自分が後見となって帝の許に上げようと決めたので、
「早く私に抱かせて欲しい」
と思うのであった。
源氏は紫の気が変わらない打ちに事を運ばねばと思うが
「どうしようか。何時迎えようか」
出向くことは紫のこともあるのでとても難しい。嵯峨野の御堂の念仏の日に参詣することを口実に、一月に二度ほどは明石に会うようであった「玉かづら絶えぬものからあらたまの年のわたりはただ一夜のみ」後撰集の歌にある年に一度の七夕の逢瀬よりは勝っているようであるが、これ以上は望めないことと思うけれども、げんじはもう少し多く逢いたいと嘆かずにいられないのであった。(松風終わり)
作品名:私の読む「源氏物語」ー27ー松風 作家名:陽高慈雨