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私の読む「源氏物語」ー18-

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 と紫は小さく源氏に言う。悲しい思いは今回の事件が自分の夫に被さってきたことであるので、人一倍厳しいのはもっともなことで、紫は父の親王とは実に疎遠であったので紫は源氏を父よりも頼りにする気持ちが重かった。まして父親は源氏の今回の事件を世間の噂を気にするあまり、見舞いの便りもせず、訪問することもしないのを、源氏の屋敷の使用人達の手前も恥ずかしく、父親が知らない方がかえってよかったのに、継母の父の北の方などが、
「娘の幸せは束の間であった。ああ、あんな人に娘をあげて縁起でもない。母親、祖母そして今度は夫あの娘はそういう宿命の女だ」
 と言っていたと、紫は伝え聞くと、ひどく情けないので、紫も少しも便りを送らない、彼女は他に頼りとする人もなく、本当に気の毒な境遇の人であった。源氏は、
「いつまでたっても罪が許されずに、歳月だけが過ぎるようなら、『いかならむ巌の中に住まばかは世の憂きことの聞こえこざらむ』(いったいどんな岩屋の中に住んだら、世の中の嫌なことが聞こえてこなくなるのだろう)。と言う古今集の中にある巖屋にでも籠もることにしようか。今すぐに行動しては、人聞きが悪いであろう。朝廷に謹慎を表明している者は、明るい太陽や月の光を見ず、思いのままに行動することも、自制しなければならない。私は過ちを犯したわけでもないが、今回のことは前世からの因縁でなったのであろうと思うが、そんなときに愛する妻を連れて都を離れると言うことは、先例のないことであるし、一つの力だけが激しく動いている道理を外れた世の中なので、私が紫を連れて都落ちしたということが分かれば、今以上の災難がきっと起ころう」
 などと、紫に話て聞かせる。
 その夜は源氏も紫も激しく抱き合い何回も愛を確かめ合った。昨夜左大臣邸での中納言の女房との睦み合いの翌日であったが源氏は紫を激しく責め立てて彼女に自分の愛情をしっかりと染みこませた。そんなことから二人は日が高くなるまでやすんでいた。
 紫の父の帥宮や葵の兄の頭中将など訪問してきた。源氏は会うために直衣などを着替える。
「私は今は無位無官の者」
 と言って、無紋の直衣であるがかえってとても優しい感じがするのを着て、地味にしているのがたいそう素晴らしい。鬢の毛を掻きなでしようと、鏡台に近寄ると、面痩せた顔形が、自分ながらとても気品あって美しいと見て、
「すっかり、衰えてしまったな。この影のように痩せてしまい悲しいことだ」
 と紫に言うと、紫は涙を目にいっぱい浮かべて源氏を見るが、とて堪えきれない。

 身はかくてさすらへぬとも
  君があたり去らぬ鏡の影は離れじ
(わが身はこれから流浪の身になろうとも、鏡に映った影はあなたの元を離れずに残っていますよ)
 と、紫に詠うと、

 別れても影だにとまるものならば
   鏡を見ても慰めてまし
(お別れしても影だけでもとどまっていてくれるものならば、鏡を見て慰めることもできましょうに)
 柱の蔭に隠れて紫は源氏に歌を返した。涙を隠している様子、「やはり、おおぜいの妻たちの中で類のない人だ」と、見ている女房達は思わずにはいられない方である。
 帥宮と三位中将は身にしむ話をして夕方帰った 

 源氏は一つの女のことばかりを気にすることが出来ない性分で、可愛い紫と語らいまた共寝をしても、最近に訪れた花散里邸がどうしているか心配をしていた。今回の身に降りかかったことを聞いたのか、花散里からたびたび心配した文を貰うのは無理からぬことで、「あの麗景殿の三の姫に、もう一度訪問して会っておかぬとこの後私は辛く思うだろうだろう」と思うと、紫と共に朝寝をして起きたその日の夜には出かけようとするが、また一方でとても億劫に思い、どうしようかと何回も考え直しをしている内に行こうと決心したが、たいそう夜が更けてから花散里の屋敷に向かった。到着すると麗景殿女御が、
「このように源氏様の他の女の方々と同じように思っていただき、ようこそおいでくださいました」
 と、源氏があちこちの女の所に別れの挨拶をかねて訪問しているのを聞いていたのでたいそうにお礼を申し上げているが、書き綴ることもあるまい。
 麗景殿と彼女の妹の源氏が花散里と呼んでいる三の君は、源氏の援助だけで生活しているので、源氏が須磨に去った後は生活がますます苦しくなっていくのは目に見えている。そんなことで邸内は異常な静けさであった。 月が朧ろに照らし出している広い池や、築山の木が深い辺りを、源氏は心細そうに見ていたが自分も須磨に行けばこのように淋しい人里離れた巌の中の生活と想像していた。。
 花散里の部屋である西対では、「源氏が別れに来ることはないであろう」と、塞ぎこんで月の光が心に染みて美しくしっとりとしていると思っていたところに、何となく良い香りが漂ってきてああこれは源氏様の薫物の香だと気が付いた時に源氏が人目につかないようにするっと部屋に入ってきた。花散里は少し膝行して出て源氏を迎えそのまま二人寄り添って朧に煙る月を見ていた。女房達も遠慮してか側から離れてしまい二人はゆっくりと別れの話をし衣を脱いで強く体を求め合っているうちに、明け方近くになってしまった。
「夜が短かったね。こんなにして逢えるのはもう無いかと思うと、何もなく過ごしてしまった歳月がとても残念です。過去も未来も人の頭の中に残ってしまうような私のことです、二人でゆっくりと話し合い愛し合うことをする間もなかったね」
 と、源氏は花散里に話し、鶏があちこちで朝を告げる声をあげ始めたので、この屋敷の誰にも目に付かないように急いで帰っていった。昨夜から朧に光る月がすっかり山の端に入って行くのを見ている花散里はとても悲しい。着ている濃い表に月が映えて、「あひにあひて物思ふころの我が袖に宿る月さへ濡るる顔なる」(ちょうどぴたりと合って、もの思いにふけって涙がいっばいにたまった私の袖に映る月までが、私と同じように涙に濡れたような顔をしていることだよ)という古今集の伊勢の歌が、彼女の気持ちを表している、
源氏の去っていく後ろ姿に花散里は、

 月影の宿れる袖はせばくとも
   とめても見ばやあかぬ光を
(月の光が映っているわたしの袖は狭いですが,そのまま留めて置きたいと思います、見飽きることのない月に照らされて輝いているのを)
 贈られた源氏は花散里がとても悲しんでいるのがとても気の毒で慰めの返歌をする。

 行きめぐりつひにすむべき月影の
     しばし雲らむ空な眺めそ
(大空を行きめぐって、ついには澄むはずの月の光ですから、しばらくの間曇っているからといって悲観なさいますな)
 考えてみれば、はかないことだ。私は希望を持っているのだが、反対に涙が流れてきて心を暗くされますよ」
 振り返って花散里を見つめて源氏は少しほほえんで、薄暗い中を帰っていった。

 源氏は須磨への旅立ちの準備を始める、物品の整理と留守中の注意事項などを書き留めさせる。源氏の側近で世の中の流れにも動じない家臣たちだけで邸の事務を執り行うのでその役目の上下のを決めておく。随行の供は別に決めた。