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私の読む「源氏物語」ー15-

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賢 木 さかき

 光源氏といわれて都の男女を騒がせた、美貌の持ち主である源氏もこの秋には二十三歳になった。左大臣の娘の葵を夫人にして近衛大将にまで昇進していたのであるが、その葵が二人の間の子供夕霧を産んだ後死亡するという悲しみに逢うのであった。その葵が苦しむ枕元に現れたのが、源氏と男と女の関係である六条御息所の霊魂であった。と源氏は信じていた。
 六条御息所の娘が桐壺帝が皇太子の朱雀帝に譲位されたので、恒例に従って伊勢神宮の斎宮も代替わりとなる。その斎宮に六条御息所の娘が選ばれた。斎宮となるための禊ぎを野宮で一年間過ごして禊ぎも終わり、いよいよ伊勢へ向かう日が近づいてきた。母の御息所は娘と別れて暮らすのが心細く思っていた。
 彼女はかっては愛する源氏を奪い取った左大臣の娘葵を高位の家の娘であるからどうすることもできないと承知はしているものの、源氏の正妻となった葵のことは腹に据えかねていた。
 その源氏の正妻の葵が亡くなって、この後の正妻は御息所だと斎宮の世話をしている者達は思っていたし、御息所自身もこのたびは正妻にと期待しているのであったが、源氏は葵が亡くなっていろいろと後の法事も終わったにもかかわらず、一向に御息所を尋ねる様子もなかった。彼女は源氏のこの仕打ちに、私を本当に嫌いになったのだろうと思いこみ、この際一切の未練を捨てて、娘の斎宮の伊勢下向に付き添って都を離れてしまおうと準備を始めた。
 斎宮の伊勢赴任に宮の母親が付き添っていくということは、貞元二年九月十六日、円融天皇の御代に斎宮規子内親王に母親の徽子宮が付き添って下向した事が一例あるが、今回は斎宮が十四歳ということで母親としては手放し出来ない思いもあるので、それにかこつけて「嫌な思いのある都を離れて」ということも御息所の心にはあった。  
 源氏は御息所の決心を聞いて、最近訪れなかったことを悔しく思い、文だけは途切れなく情のこもった文章で送っていた。
 御息所はもう源氏と顔を合わせることはあるまいと思っていた。「自分に逢っても私の生霊が彼の妻の葵に襲ったことを恨めしく思っている源氏は、私と冷静に別れることが出来るだろうか、源氏を心から愛している私の弱味で自分は源氏の前で心を乱さずに落ち着いてはいられないであろう、その気持ちはきっと顔に表れて源氏に見透かされるに違いない」と思い、御息所は源氏と逢うことはこの上いっそう自分に苦痛を加えるだけであると、しいて冷ややかになっているのであった。

 御息所は娘の斎宮が潔斎している野宮に娘の世話をするため、また自分も淋しいので殆ど屋敷を空けて滞在し、時々六条の屋敷に帰っていた。それもこっそりと行動していたので源氏は詳しく御息所の行動を知ることが出来なかった。野宮は源氏としても簡単に気が向いたときに訪問できるような所ではなかったので、何時訪問しようかと心が決まるのに躊躇している間に日にちがたってしまい、そんな中に父親の桐壺院がそんなに大病ではないのであるが、体調を崩し、源氏はますます気持ちに余裕がなくなってしまった。しかし彼は「御息所が自分を薄情な者と思い込んでしまわれるのも悲しいことだし、二人の中を知っている者は自分が彼女を無視してしまったと間違った噂が彼女の耳に入ったならば、彼女は自分を冷淡な男だと思われはしまいか」とここは決心して、野宮へ御息所を訪問することにした。

 九月七日頃には出発するだろうと思うと御息所は気ぜわしい、そんななかに源氏は立ち話でもいいから逢いたいと何回も文を送ってくる。
 御息所は三十過ぎになり、女の盛りの最高の歳である。源氏は二十三歳、男として肉体は充実していて疲れを知らない。そんな二人が知り合ってお互いが体を求め合えば何時までも余韻が後を引いて、際限なく逢いたくなってくるものである。さらに御息所はあの葵の病中に現れた生魂のすざましさは、彼女の独占欲の強さを証明している、出来れば彼女は源氏を我が物として独占し正妻に収まりたい気持ちが充分にあった。そんな本心は隠して引込み思案すぎても失礼と、源氏に逢いたい本心を正当化して、
「こんなに何回も言ってこられるのにお会いしないのは、どうかと思うのだが」
 と近くの者に漏らしては、人知れずに源氏の来訪を待ち望んでいたのであった。
 「立ち話でもいいから」と源氏が言ってきたのを無理に断ってもと、伊勢行きの準備で忙しいさなかではあったが、
「どうぞお越し下さい」と本心は源氏に会えるうれしさを隠して返事をし、かって二人が親密であった頃の源氏の熱い息、男の体臭を思いだして彼女は体が熱くなってきた。

 遙かに広がる草原に入ると秋の花はもう終わりにちかく、とぎれとぎれに虫の音が聞こえてくる。野をわたる風が勢いよく他の雑音を消してしまっていた。源氏はそんな秋の野に入ってしみじみと秋の風情を味わっていた。
 源氏が信頼を置いている車の前駆の者十人と、普通の衣装の随身六人、源氏も目立たない服装での行列であったが、それはそれなりに立派に見える。場所も野々宮という簡素な潔斎の場所なのでやはり目立つ一行であった。源氏は到着して「どうしてもっと早く訪問しなかったのだ」と無駄に過ごした日が悔しい。 
 ちょっとした柴垣で周りを囲み板造りの仮小屋がzちらこちらに在る。神域であるので黒木の鳥居が見事なものである。神官達がここ彼処で立ち話をしている光景は他所では見られないものである。源氏も少し遠慮がちであった。警備の者の詰め所がかすかに光って見えた。境内は人げが少なくこのような淋しいところで御息所は月日を過ごしたのかと思うと、源氏は彼女が可哀想でならなかった。 境内の北に当たるところの小屋の庇の下にげんじはかくれるようにして、供の者が御息所に案内を告げる間立って待っていた。供の者が声を掛けると今までやかましく練習をしていた楽の音がぴたりと止まり、静かになった境内が上品な雰囲気に囲まれた。
 供の案内に女房達が次々にやってきては挨拶はするが訪問の相手である御息所が一向に現れない。源氏は「気にくわない扱いよ」と思い、
「このような忍び姿で歩くことが私の身分にとってどれだけ大変なことかを考えてくださるならば、注連縄ばかりのもてなしで、この場で旅寝をせよということでありますか。私の胸の内にあることを全て貴女にお話ししようと思ってまかり越したのですが」
 と源氏がきっぱりと言うと、聞いた女房達は、
「源氏様の仰られるとおりです、とてもこのままでは見ることが出来ません」
「お立ちのままでは失礼に当たるし、それにお気の毒で」
 と口々に御息所に告げるので、彼女は、
「さてどうしたものか、女房達の眼もうるさいし、神官達もどう思うか、若い女が恋人を迎えにいそいそと出て行くように、慎みがない女と源氏に見られるのでは」と思案するが女として源氏を求める力にはどうすることも出来ず、わざと女房達に聞こえるように大きい溜息をついて、奥から庭が見渡せる縁近くまでいざり出て御簾の中から源氏と応対した。源氏はその姿を見て、
「御簾のそばまでお許しを願いましょう」
 と彼女の返事も聞かずに靴を脱いで階段をあがった。