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私の読む「源氏物語」- 12-

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花 宴

 如月、二月の二十日過ぎ、紫宸殿、南殿の桜の宴を帝は催した。皇后 藤壺、春宮の御座所、左右に設定して、それぞれが座られた。春宮の母である弘徽殿の女御は、中宮となった藤壺が、帝の横にお座りになるのを見るたびに、不愉快に思い出席は止めようと思うのだが、やはり催し物が気になって見物だけは見過ごしできないので、参上する。
 その日はとてもよく晴れて、空の様子、鳥の声も、気持ちよさそうである。親王たち、上達部をはじめとして、その道の人々は皆、帝から漢詩文で、韻をふむために句末に置く韻字を書いた紙を入れた鉢を庭中に立てた文台の上に置き、一人ずつ手を入れて韻字を探り取り、詩を作ることを戴いて詩をお作りになる。今年二十歳になった宰相中将源氏は、
「春という文字を戴きました」
 と、発表する声が、いつものように他の人とは格別で、澄んだきらびやかな声である。次は頭中将で、源氏の次の順番を晴れがましく思うことであろうと見えたが、きわめて無難に得た韻字を告げた、声の上げ方など、堂々として立派である。その他の人々は、帝の前ということで皆気後れしておどおどした様子の者が多かった。清涼殿の殿上の間に昇殿を許されない地下の人は、親王、上達部以上に、帝、春宮の学問が素晴らしく優れている上に、このような漢詩の道に優れた人々が多く集まっているところなので、気後れがして、くじを引くために広々とした晴の庭に立つと、恰好が悪くて、簡単なことをするのであるのに、恥ずかしそうであった。高齢の博士たちは、姿恰好が見すぼらしく貧相だが、場馴れている態度には観衆から同情の気持ちが表れる、そんなあれこれが見れるのは、興趣あることであった。
 舞楽類などは、改めて言うまでもなく万端整っていた。だんだんと夜になっていくころ、春鴬囀という舞、とても面白く優雅に舞われたので、帝は昨年秋の朱雀院行幸の時、源氏が青海波の舞を巧みに舞われたのを、自然と思い出され、また春宮が、挿頭を源氏に渡されて、しきりに踊りの輪に入って舞うようにと所望するので、源氏も断り難くて、立ってゆっくり袖を返すところを一さし真似事のように舞う、当然似るものがなく素晴らしく見える。源氏の舅の左大臣は、源氏が近頃屋敷に帰らない恨めしさも忘れて、感激に涙を落としなさる。
 帝が、 
「頭中将は、どこか。早く」
 と呼ばれたので、頭の中将はこのようなこともあろうかと、心づもりをしていたのであろう、柳花苑という舞を、見事に演じて、帝から御衣をいただいた。実に稀なことだと人は思った。上達部は皆順序もなく舞われたが、夜に入ってからは、特に巧拙の区別もつかない。詩を読み上げる時にも、源氏の作は簡単には済まなかった。句ごとに讃美の声が起こるからである。博士たちもこれを非常によい作だと思った。
 このような大きな催しに、まず源氏が一座の中心になるので、父君の帝が源氏をおろそかに思うわけがない。中宮の藤壺は、源氏に目が移るにつけ、「春宮の弘徽殿の女御が、無性に源氏を憎みになっているらしいのも不思議だ、また自分がこのように彼のことを心配するのも情けない」と、源氏と人に言えない結びがあるので自身お思い直さずにはいられないのであった。

 おほかたに花の姿を見ましかば
 つゆも心のおかれましやは
(何の関係もなく花のように美しいお姿を拝するのであったなら、少しも気兼ねなどいらなかろうものを)
 この折りのことを、藤壺がこっそりと詠んだ源氏を思う歌が、どうして世間に洩れ出てしまったのだろうか。

 夜が更けて宴会が終わった。
 帝を始め上達部、中宮、春宮もそれぞれ帰ってしまったので、会場の庭園は静かになった。その宴の後の庭に、月がとても明るくさし出て美しいので、源氏は、気持ちよく酒に酔った気分からこの美しい月の光を見過ごしてはならないと思って、「内裏の宿直の人々も寝んでしまったろう、このような思いもかけない時に、よい機会もあるだろう」と、藤壷に逢えないかと藤壺の局付近を、人目を忍んであちこち窺ったが、いつもなら手引を頼むはずの戸口も閉まっているので、溜息をついて、なおもこのままでは気がすまず、弘徽殿の細殿に立ち寄ると、三の口が開いている。
 弘徽殿の女御は、宴の後そのまま自分の局には帰らずに帝の夜伽をするために上の御局にそのまま参上しているので、人気の少ない感じである。奥の戸も開いたままで、人のいる気配もしない。
「このような無用心から、男女の過ちは起こるものだ」源氏は思って、そっと上って覗いてみる。女房たちは皆眠っているのだろう。 ところが、とても若い美しい声で、並の身分とは思えない女が、
 「朧月夜に似るものはない」
 と口ずさみながら、源氏の潜む方に来るではないか。源氏はその若々しい声に嬉しくなって、とっさに女の袖を捕まえて抱き上げるる。女、吃驚して怖がっている様子で、
「あら、嫌ですわ。これは、どなたですか」 と言う、源氏は女の言葉を取って
「どうして、嫌ですか」

 深き夜のあはれを知るも入る月の
 おぼろけならぬ契りとぞ思ふ
(趣深い春の夜更けの情趣をご存知でいられるのも、前世からの浅からぬ御縁があったものと存じます)
 とっさに源氏は歌を読むと、そっと女を抱き下ろして、戸を閉めてしまった。あまりの意外さに抱かれた女は驚きあきれている様子、その姿がとても親しみやすくかわいらしく源氏には感じる。女は怖さに震えながら、
「ここに、人が」
 と、言うが、源氏は落ち着いたもので
「わたしは、誰からも許されているので、人を呼んでも、何ということありませんよ。ただ、じっとしていなさい」
 とおっしゃる声で、ああ、源氏の君であったのだと女は理解して、少しほっとするのであった。こんな事困ったことであると思う一方で、物のあわれを知らない強情な女とは見られまい、と思っている。源氏は酔心地がいつもと違っていたからであろうか、この女を手放すのは残念に思われるし、女も若くなよやかで、強情な性質も持ち合わせてないのであろう、源氏と知ったらもう警戒心はなくなっていた。
源氏も若い上に今日は帝の前で舞もしたりして少し興奮していた。女も今日の宴のにぎわいで気がうわずっていた。空いている部屋で二人は抱き合い、女は今日の宴で源氏が舞う所作や、題を戴いての漢詩を読む朗々たる源氏の声を思い出している、源氏の手が胸元に入ってくるのを拒むことが出来ないほど男を求める血が女の体の中を急流となって巡っていた。胸元の合わせを緩めるようにして女は源氏に身体を預けた、手が乳房に触れて柔らかくもみほぐされてゆく、女は自分を失っていった。
 源氏はすでに何人もの女と体を許しあっていたから初めての女に焦らずにゆっくりと女が燃えてくるのを待つことが出来るようになっていた。まだ夜は長いゆっくりと女が自分を求めてくるのを待った。
 女は源氏の身体を充分受け入れて満足しきって瞼を閉じている、はだけた着物を合わそうともしないで男が離れたときのまま、殆ど暗黒の部屋でかすかに入ってくる外の月の光に女の美しい白い肌が浮き上がっていた。