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私の読む「源氏物語」 ー7-

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朝食にとお粥などを準備して差し上げたが、取り次ぐお給仕が揃わない。源氏はまだ経験したことのない外泊に、古今六帖の歌
「鳰鳥の息長川は絶えぬとも君に語らふこと尽きめやも」
 と詠って、いついつまでも、いついつまでもと女に約束するのであった。

 昨夜ほとんど寝ていない源氏と夕顔の女は、朝粥を食べた後、いったん床に入って眠った。二人とも疲れが酷かったのか、日が高くなったころに起きた。源氏は格子を自ら上げる。見やる庭はとてもひどく荒れていて、人影もなく広々と見渡され、木立がとても気味悪く鬱蒼と古びている。西の対の側近くの草木などは、これといった物が植えて無くて、すっかり秋の枯れ草となっている、池も水草に埋もれているので、こうして庭を眺めていると、まことに恐ろしくなる気分である。母屋などから離れた雑舎などの建物に、部屋などがあって、院の働き手が住んでいるようだが、この西の対からは離れている。源氏は
「気味悪そうになってしまっている処だね。いくら何でも、鬼などが出てきやすまいね、もっともわたしならきっと見逃すだろうよ」
 と言いながらも顔は明るくなってから女の前では依然として袖で顔を隠していたが、女が体を許しあった中なのにどうして隠すのかと、とても辛いと思っているのに気づき、
「なるほどそうですね、これ程深い関係になって隠しているとは、恋し愛し合った男女のすることではないな」
 と袖を払い、

 夕露に紐とく花は玉鉾の
    たよりに見えし
       縁にこそありけれ
(まだ昼ですが夕顔の花の娘さん、夕べの露が降りるのを待って花開くように、貴女の衣の紐を解いて結ばれた私が、貴女に顔をお見せするのは、五条の道で出逢った縁からなのですよ)
「露の光のような私の顔はどうですか、お気に召しましたか」
 と少し冗談っぽく言うと、女は色っぽく流し目に源氏を見て、

 光ありと見し
   夕顔のうは露は
 たそかれ時の
     そら目なりけり
(光輝いていると見えました私の顔に落ちた露、それは貴方のお顔でしたが、素晴らしいと思ったのは夕暮時の見間違いで、たいしたことありませんよ、今目の前にあるのは)

 とかすかに歌を返して冗談を言う。源氏はおもしろいと思う。源氏は夕顔の花の女がこのように自分に遠慮が無くなったことを知りほっとした。そうすると源氏が益々魅力溢れる男性に美しく見えるのであった。そこで源氏は一気に彼女を知ろうと、
「貴女がいつまでも隠していらっしゃる辛さに、けっして言うまいと思っていたのだが。せめて今からでもお名前を教えてください。名前も知らない人と関係を持つのはとても薄気味が悪いのです」
 と聞くのであるが、女は
「卑しい身分なので、名乗るほどでもありませんの、海人の子なので」
 と、「白浪の寄する渚に世を過ぐす海人の子なれば宿も定めず」和漢朗詠集の歌から取り出して、依然としてうちとけない、そうはいうもののとても甘えた言い方であった。
「それでは、これも『われから』のようだ」と、「海人の刈る藻にすむ虫のわれからと音にこそ泣かめ世をば恨みじ」(漁師が刈る海藻に住む虫のわれからではないが、我が身の不運は皆我から、私自身から招いたことと、声をあげて泣きこそすれ、このようになってしまった二人の仲を恨みはすまい)(古今集恋五の藤原直子朝臣)の歌を引き出して名を明かさない女を怨み、また一方では睦まじく語り合いながら、一日過ごした。しかしこの女も源氏に勝るとも劣らない和歌の道の達人である。

 惟光が、源氏の行く先を探して、右近を通してお菓子などを源氏に差し上げさせる。右近が惟光に何処に行っていたのだと文句を言うので、やはり気の毒ながら、惟光は源氏の傍に伺候できない。
「こんなにまであの女にご執心されるのは、きっと彼女は魅力的で、源氏は離れられないのだろう」
 と惟光は推量するにつけても、
「この俺がもう少しうまく言い寄ろうと思えば俺の物になったのに、源氏の心を知って譲るなんて、なんと俺は寛大な人間のことよ」 などと、惟光は源氏に失礼なことを考えている。
 都の中心から外れたこのあたりは譬えようもなく静かな夕方である、じっと空を眺めていた源氏が、奥の方を見ると暗く何となく気味が悪いようである、女が淋しがっているであろうと、端の方の簾を上げて中に入り、夕顔の女が横になっている傍らに自分も入って胸に抱いて添い臥した。夕陽に映えるお互いの顔を見あわして頬ずりする、女も源氏とただ二人で暮らしえた一日に、まだ自分の恋が満足しているとは思わないが、意外に慌てることなく落ち着いているのを、源氏は不思議な気持ちがする一方で、今までの悲しい気持ちを忘れて、少しずつ女が源氏に打ち解けていくのは、実にかわいいのである。女はぴったりと源氏に一日中添ったままで、何かをとても怖がって時々震えている様子は、子供っぽくいじらしい。格子を早く下ろして、大殿油を点灯させて、室内を明るくし、
「こんなに二人0に、貴女はまだまだうち解けて私に隠し事をなさっているでしょう、」
 と、源氏は女をやんわりと責める。
また源氏はじぶんのみぶんを思い、
「帝は、きっと私をお探しあそばしていることだろう、探すように命じられた人々はどこを探しているだろうか」
 と、思ってみたり、また一方では、
「この女をこんなにまで愛してしまうとは不思議な気持ちだ。六条の女は、私が行かないものだからどんなに思い悩んで怒っていることだろう。こんな事をしているのだから恨まれても辛いことだが仕方がないや」
 と、悪いことをしていると真っ先に思い出すのが六条の女であった。夕顔の女が源氏と無心に向かい合って座っているのを、かわいいと思うにつれて、六条の女は
「人の気持ちを深く読みすぎて常に源氏に引き下がって応対するのを、対座する私が息が詰るような気分になっているのを、少し分かってくれて自分の心を少し緩めてくれたら、申し分ない女なのだがなあ」
 と、抱いている夕顔の女の身体の暖かみを感じながら比較するのであった。

 宵を過ぎるころ、源氏はとろとろっと少しうたた寝した。やがて源氏の枕元にそれは綺麗な女が現れて、源氏に語りかける、
「源氏様、わたしがあなたをとても魅力あるお方とお慕い申し上げているのですよ、そのわたしには、お訪ねもなさらず、こんな、特にいい女とは言えない女を連れていらっしゃって、私の前でさんざんと二人でお楽しみになり、私は心が悶えてまことに癪にさわり辛いことです」
 と言って、源氏の側に寝ている夕顔の女を引き起こそうとしている。
 源氏は魔物に襲われる気持ちがして、目を覚ますと、室内の火も消えていた。気持ちが悪いので、魔よけの呪いの太刀を引き抜いて、そっと脇に置き、右近を呼び起こた。右近も怖がっている様子で、急いで側に寄ってきた。源氏は、
「渡殿にいる宿直人を起こして、『紙燭をつけて参れ』と言いなさい」
 と右近に言うと、女の右近は
「どうして行けばいいのですか。暗くて」
 と言うので、
「ああ、子供みたいなことを言って」