私の読む「源氏物語」ー2ー
帝は我が子二の宮である源氏の童子姿がとても可愛いのでそれを変えることがとても辛いのであるが、男子の決まりとして源氏が十二歳になった時に元服の祝儀をなさった。帝自身世話を焼かれて、作法どおりの上にさらにできるだけの事をしてあげられた。
先年、弘徽殿の女御の子供である一の宮の東宮の御元服が、紫宸殿で執り行われたが、それはいかめしく立派であった、二ノ宮の元服もそれにまさるとも劣らない。各所での饗宴などにも、、雑物を納めて、后入内や御袴着、元服、饗饌などの儀式の準備、装束のこと等、種々の用を勤める内蔵寮や諸国の調を始めとする多量の穀物を貯蔵するための倉庫、穀倉院などから規定どおり蔵出しするのでは行き届かないことがあってはいけないと、特別に帝から勅命があって、善美を尽くして惜しげもなく蔵出しをした。
源氏がおいでになる清涼殿の東廂の間に、東向きに椅子を立てて、元服する源氏の席と加冠役の大臣の席とが、帝の席の御前に設けられている。儀式は申の時(午後四時)で、その時刻に源氏が参上する。角髪に結っている顔つきや、童顔の色つやは、髪形をお変えになるのは惜しい感じである。大蔵卿が理髪役を奉仕する。たいへん美しい御髪を削ぐ時、いたいたしそうなのを、帝は、「亡き母桐壺の更衣が見たならば」と、思い出し、涙が流れそうなのを、じっと堪えていた。
源氏は元服の標の加冠をして、休息所に下がり、装束を召し替え、東庭に下りて帝に元服のお礼の拝舞をする。その姿を、参列の一同は涙を流して見ていた。帝は帝で、誰にもまして堪えきれず、悲しく思われる。源氏のように幼い年ごろで髪上げすると、見劣りをするのではないかと心配していたが、驚くほどかわいらしさも加わって立派な成人に見えた。
源氏の加冠役となった大臣には、皇女から降嫁されて北の方となった奥方との間に儲けた一人娘で、大切に育てていらっしゃる姫君が居られた。それを、一ノ宮の東宮から嫁にと御所望があったのを、この大臣は躊躇されて承知されなかった。というのはこの源氏の君に差し上げようとのお考えからなのであった。さきに帝から内々に相談があった、
「源氏には、元服の後の後見する人がいないようなので、その方の娘を嫁にしてくれないか」
と相談されていたので、加冠の役であった左大臣はそのようにしようと前々からお考えになっていた。
源氏は休息所に退出して、参会者たちが祝宴でお酒などを飲んでいる場に、親王方の席の末席に源氏は座りになった。大臣がそれとなく娘を嫁にと仄めかし申し上げなさると、気恥ずかしい年ごろなので、どちらともはっきりお答え申し上げなさらない。
御前から掌侍がきて、大臣に御前に参られるようにと伝えた、すぐに左大臣は参上なさる。加冠の役に対する労いの品物を、主上づきの命婦が取りついで賜わる。白い大袿に御衣装一領、慣例のとおりである。
お盃を賜る折に、帝は、
いときなき初元結ひに
長き世を
契る心は結びこめつや
(二ノ宮の元服の折、これからの長い暮らしを、そなたの姫との間に結ぶ約束はなさったか)
と帝の源氏に対する心配の歌が詠われ、大臣は帝の我が子に対する行き先の心配のお気持ちを察して驚く、早速、
結びつる心も深き元結ひに
濃き紫の
色し褪せずは
(元服の折、固く結んだ元結いのように、約束した心も深いものでありましょう、その元結いの濃い紫の色さえ変わらなければ)
と返歌なさるとともに階段下に降りて御礼の舞をされた。
源氏には左馬寮の御馬、蔵人所の鷹を留まり木に据えて与えられる。御階のもとに親王方や上達部が立ち並んで、祝いの禄をそれぞれの身分に応じて与えられた。
その日の御前の肴や菓子などを盛る折櫃物や、籠に入れた柑,橘,栗,柿,梨の五果で、献上するものを盛る籠物などは、右大弁が仰せを承って調えさせたのであった。祝いの食膳の屯食やこの日を労うために用意した品物の禄用の唐櫃類など、置き場もないくらいで、東宮の御元服の時よりも数多く勝っていた。東宮の式よりいろいろな制限がなくて盛大であった。
元服の夜に源氏は左大臣の娘の婿として慣例として嫁の家にはいることになる。左大臣の家に入り初めて自分の妻となった姫に会うことになった。とは言っても何といっても十二歳のことまだまだ子供である。自分でもよく分からないうちに事は大人の思惑で進められた。
その夜の大臣の源氏婿取りの作法は前例がないほど立派に整えられていた。
姫君は源氏に初めて会い噂には聞いていたが思っていた以上に美しい少年なので少々眩く感じた。それでも自分が源氏より年上であることからこんな若い婿を持って少々恥ずかしい気持ちもあった。こんな若い綺麗な少年と一つ床に入り自分はどうすればよいのかいささか混乱した。床の中のことはお付きの女官から教えられていたがその通りに事が進むのかと疑いもあった。
夫の源氏がすでに床に入られたと女官から知らされて、薄物に着替えていた姫はすぐに部屋に行く、女官はそこまで付いてきたがすぐに下がってしまった。蔀を下ろした部屋の真ん中に帳台が新たに設えてあり、几帳が周りを囲っている中に源氏が横になっている、姫は少しためらったが意を決して几帳を開けて中に入る。
源氏はこの屋に入り婿入りの儀式を済ませたら少し歳をとった侍女に導かれてこの部屋に入り、今まで着ていた着物を脱がされて薄物の夜着に替えさせられた。几帳の中の床に横たわるように言われ、その侍女は「源氏様姫様をよろしく」と一言いって出ていった。そのまま静寂が周りを包んだ、源氏はこの先どうなるのかと不安が一杯でつい昨日まで寝泊まりして居た内裏が恋しく、目頭が熱くなり涙が出そうになった。まだ幼い源氏は、恐ろしさが湧いて体が少し震えだした。
姫が源氏の横に伏せた時、源氏の恐怖の震えが最高の時だった。姫の身体に直接その震えが伝わってくる、その源氏の震えが姫の心に姉様だという気持ちを起こさせた。
「源氏さま、そんなに怖がることはありませんよ」
と声をかけて源氏の顔を可愛いと言って両手で挟み自分の顔を近づけて頬を合わせ震える源氏の身体を優しく抱きしめた。源氏の顔に赤みがさしてきた、姫は震えが治まるまで「可愛い源氏さま」と何回も小さな声で囁き続けた。震えは次第に治まってきたが、次に進むにはまた一山乗り越えなければならいのである。姫の名前は「葵の上」と言った。
「源氏さまお気が静まりましたか、この葵が付いてます、お気楽になさって下さいませ」
葵は源氏の着物の前を開いてゆっくりと身体をさすっていった。まだ幼さがある源氏の肌は柔らかく葵の手に感じた。葵も次第に感情が高ぶってきた。そこはやはり年上である、可愛い源氏をからかってやろうという遊び心もでてきた。
「源氏さま、噛んでは嫌ですよ」
源氏は何のことか分からないまま、はい、と答える。その開いた口に葵は自分の唇を合わせ、静かに舌を入れた。源氏はぶるるると体を震わせ硬直した。葵は可愛いと思った。年取った女官があらかじめ見せてくれた男女の秘絵を思い出していた。次々と見せられた絵が脳裏に浮かんで、これを実行すれば好いのだと男女の交わり方を了解した。
先年、弘徽殿の女御の子供である一の宮の東宮の御元服が、紫宸殿で執り行われたが、それはいかめしく立派であった、二ノ宮の元服もそれにまさるとも劣らない。各所での饗宴などにも、、雑物を納めて、后入内や御袴着、元服、饗饌などの儀式の準備、装束のこと等、種々の用を勤める内蔵寮や諸国の調を始めとする多量の穀物を貯蔵するための倉庫、穀倉院などから規定どおり蔵出しするのでは行き届かないことがあってはいけないと、特別に帝から勅命があって、善美を尽くして惜しげもなく蔵出しをした。
源氏がおいでになる清涼殿の東廂の間に、東向きに椅子を立てて、元服する源氏の席と加冠役の大臣の席とが、帝の席の御前に設けられている。儀式は申の時(午後四時)で、その時刻に源氏が参上する。角髪に結っている顔つきや、童顔の色つやは、髪形をお変えになるのは惜しい感じである。大蔵卿が理髪役を奉仕する。たいへん美しい御髪を削ぐ時、いたいたしそうなのを、帝は、「亡き母桐壺の更衣が見たならば」と、思い出し、涙が流れそうなのを、じっと堪えていた。
源氏は元服の標の加冠をして、休息所に下がり、装束を召し替え、東庭に下りて帝に元服のお礼の拝舞をする。その姿を、参列の一同は涙を流して見ていた。帝は帝で、誰にもまして堪えきれず、悲しく思われる。源氏のように幼い年ごろで髪上げすると、見劣りをするのではないかと心配していたが、驚くほどかわいらしさも加わって立派な成人に見えた。
源氏の加冠役となった大臣には、皇女から降嫁されて北の方となった奥方との間に儲けた一人娘で、大切に育てていらっしゃる姫君が居られた。それを、一ノ宮の東宮から嫁にと御所望があったのを、この大臣は躊躇されて承知されなかった。というのはこの源氏の君に差し上げようとのお考えからなのであった。さきに帝から内々に相談があった、
「源氏には、元服の後の後見する人がいないようなので、その方の娘を嫁にしてくれないか」
と相談されていたので、加冠の役であった左大臣はそのようにしようと前々からお考えになっていた。
源氏は休息所に退出して、参会者たちが祝宴でお酒などを飲んでいる場に、親王方の席の末席に源氏は座りになった。大臣がそれとなく娘を嫁にと仄めかし申し上げなさると、気恥ずかしい年ごろなので、どちらともはっきりお答え申し上げなさらない。
御前から掌侍がきて、大臣に御前に参られるようにと伝えた、すぐに左大臣は参上なさる。加冠の役に対する労いの品物を、主上づきの命婦が取りついで賜わる。白い大袿に御衣装一領、慣例のとおりである。
お盃を賜る折に、帝は、
いときなき初元結ひに
長き世を
契る心は結びこめつや
(二ノ宮の元服の折、これからの長い暮らしを、そなたの姫との間に結ぶ約束はなさったか)
と帝の源氏に対する心配の歌が詠われ、大臣は帝の我が子に対する行き先の心配のお気持ちを察して驚く、早速、
結びつる心も深き元結ひに
濃き紫の
色し褪せずは
(元服の折、固く結んだ元結いのように、約束した心も深いものでありましょう、その元結いの濃い紫の色さえ変わらなければ)
と返歌なさるとともに階段下に降りて御礼の舞をされた。
源氏には左馬寮の御馬、蔵人所の鷹を留まり木に据えて与えられる。御階のもとに親王方や上達部が立ち並んで、祝いの禄をそれぞれの身分に応じて与えられた。
その日の御前の肴や菓子などを盛る折櫃物や、籠に入れた柑,橘,栗,柿,梨の五果で、献上するものを盛る籠物などは、右大弁が仰せを承って調えさせたのであった。祝いの食膳の屯食やこの日を労うために用意した品物の禄用の唐櫃類など、置き場もないくらいで、東宮の御元服の時よりも数多く勝っていた。東宮の式よりいろいろな制限がなくて盛大であった。
元服の夜に源氏は左大臣の娘の婿として慣例として嫁の家にはいることになる。左大臣の家に入り初めて自分の妻となった姫に会うことになった。とは言っても何といっても十二歳のことまだまだ子供である。自分でもよく分からないうちに事は大人の思惑で進められた。
その夜の大臣の源氏婿取りの作法は前例がないほど立派に整えられていた。
姫君は源氏に初めて会い噂には聞いていたが思っていた以上に美しい少年なので少々眩く感じた。それでも自分が源氏より年上であることからこんな若い婿を持って少々恥ずかしい気持ちもあった。こんな若い綺麗な少年と一つ床に入り自分はどうすればよいのかいささか混乱した。床の中のことはお付きの女官から教えられていたがその通りに事が進むのかと疑いもあった。
夫の源氏がすでに床に入られたと女官から知らされて、薄物に着替えていた姫はすぐに部屋に行く、女官はそこまで付いてきたがすぐに下がってしまった。蔀を下ろした部屋の真ん中に帳台が新たに設えてあり、几帳が周りを囲っている中に源氏が横になっている、姫は少しためらったが意を決して几帳を開けて中に入る。
源氏はこの屋に入り婿入りの儀式を済ませたら少し歳をとった侍女に導かれてこの部屋に入り、今まで着ていた着物を脱がされて薄物の夜着に替えさせられた。几帳の中の床に横たわるように言われ、その侍女は「源氏様姫様をよろしく」と一言いって出ていった。そのまま静寂が周りを包んだ、源氏はこの先どうなるのかと不安が一杯でつい昨日まで寝泊まりして居た内裏が恋しく、目頭が熱くなり涙が出そうになった。まだ幼い源氏は、恐ろしさが湧いて体が少し震えだした。
姫が源氏の横に伏せた時、源氏の恐怖の震えが最高の時だった。姫の身体に直接その震えが伝わってくる、その源氏の震えが姫の心に姉様だという気持ちを起こさせた。
「源氏さま、そんなに怖がることはありませんよ」
と声をかけて源氏の顔を可愛いと言って両手で挟み自分の顔を近づけて頬を合わせ震える源氏の身体を優しく抱きしめた。源氏の顔に赤みがさしてきた、姫は震えが治まるまで「可愛い源氏さま」と何回も小さな声で囁き続けた。震えは次第に治まってきたが、次に進むにはまた一山乗り越えなければならいのである。姫の名前は「葵の上」と言った。
「源氏さまお気が静まりましたか、この葵が付いてます、お気楽になさって下さいませ」
葵は源氏の着物の前を開いてゆっくりと身体をさすっていった。まだ幼さがある源氏の肌は柔らかく葵の手に感じた。葵も次第に感情が高ぶってきた。そこはやはり年上である、可愛い源氏をからかってやろうという遊び心もでてきた。
「源氏さま、噛んでは嫌ですよ」
源氏は何のことか分からないまま、はい、と答える。その開いた口に葵は自分の唇を合わせ、静かに舌を入れた。源氏はぶるるると体を震わせ硬直した。葵は可愛いと思った。年取った女官があらかじめ見せてくれた男女の秘絵を思い出していた。次々と見せられた絵が脳裏に浮かんで、これを実行すれば好いのだと男女の交わり方を了解した。
作品名:私の読む「源氏物語」ー2ー 作家名:陽高慈雨