英雄の証
神聖なる白い神殿内で、巫女が凛とした声を放った。
――来る。
広大な大地の上を滑るように巨鳥が飛翔する。眼下に広がる農地では、果樹栽培でブドウやオリーブが盛んに作られ、羊の放牧が白い雲模様を大地に描いている。どこまでも豊かな大地が広がっている。
鳥の目から見る地平線の先に、聳え立つ高い防壁が現れる。強固な防壁に守られた都市国家メミスだ。
壁に囲まれた都市の中心には小高い丘があり、その頂には神殿がある。この場所が城塞であり、この都市を守護する月の女神ムーミストからの信託を授かる場所である。
国は巫女が神から授かる信託によって物事を決めるが、実際に国を動かしているのは十三人からなる神官と呼ばれる地位の者たちだ。
その神官を父に持つアレクは今日も自宅の庭で魔導の訓練をしていた。
今年で十六歳となるアレクは、アルフェラッツ家の第一子として生まれ、小さい頃から父に神官になることを義務付けられて育てられてきた。今日もそのために魔導の腕を磨いているのだ。
庭の端に立ててある的をアレクは睨みつけた。アレクの気合はいつも以上だった。その理由は、あれが来る時期だからだ。
法衣を身に纏ったアレクの天高く上げた掌の上で紅蓮の炎が渦巻いた。
「喰らえっ!」
アレクの手から放たれた炎の塊は轟々と空気を巻き込みながら的に命中した。
掌に炎の玉を出して的に投げつける。今では百発百中だが、昔は的を外してアレクは父によく叩かれたものだ。アレクにとって父は偉大であると共に畏怖の表徴でもある。今でも父は苦手だった。
魔導の種類にもよるが、炎の玉をひとつ出しただけでアレクは肩で息をしていた。魔導は強力な力を持つが、それゆえのリスクが伴うのだ。
燃え上がり灰となった的をアレクが見ていると、この場に何者かが手を叩きながら現れた。
「さすがは将来有望な魔導士だ」
「おお、シルハインドか!」
アレクの前に現れたのはシルハインドだった。白銀の髪を持つ彼はアレクと同い年で、アレクが最も信頼している親友でもある。
法衣を纏っているシルハインドはアレクと同じく魔導士だ。
「アレクと顔を合わせるのは一ヶ月ぶりになるか?」
「ああ、だいたいそのくらいだな。ところで探しに出た魔導具は見つかったのか?」
シルハインドはひと月ほど前にある魔導具を探して旅に出たのだ。そして、昨晩遅くこのメミスに帰って来て、朝一で手に入れた魔導具をアレクに見せに来たのだ。
胸にぶら下がるペンダントを見せつけながらシルハインドは自慢げに話しはじめた。
「これを見ろ、これがその魔導具だ」
シルハインドの胸で蒼く妖々と輝く宝玉。これがシルハインドの探し出した魔導具だ。
不思議な輝きを放つ宝玉にアレクは目を奪われた。
「これがソーサイアの魔導具か、なるほど不思議な力が伝わってくる」
「この魔導具は俺の魔導力を高めてくれるが、本当にソーサイアが創った魔導具なのかはわからない。そもそもソーサイアという者が本当にいるかも怪しいな」
ソーサイアとは四貴精霊のひとりに数えられ、古の時代に起きた精霊同士の戦争で活躍した精霊だ。この精霊は魔導を極めたと云われ、深い敬意を表して〈蒼魔の君〉と呼ばれ、絵本にも出てくる有名な伝説上の精霊である。
魔導力を増幅させたシルハンドは、右手に魔導を集中させて、黒い稲妻のような剣をつくり出した。
「アレク、久しぶりに剣の腕を競ってみないか?」
「おもしろい、その魔導具の力が本物か見極めてやろう」
アレクは手に魔導を集中させ閃光のような剣をつくり出した。
魔導剣による決闘。魔導剣とは魔導でつくり出した剣のことで、黒い稲妻を剣にしたものや、普通の剣の形をしているものなど多種多様の種類がある。
剣を構えた二人は互いを見据えながら間合いを取った。
足を地面に滑らせながら歩いていたシルハインドが急に地面を蹴り上げた。
「うおぉー!」
「くっ!」
噛み合った剣を挟んで二人は互いのことを睨みつけた。
不適な笑みを浮かべたアレクの姿がシルハインドの視界から消えた。
次の瞬間、シルハインドは回し蹴りを喰らって、足をすくわれて転んでしまった
「シルハインドよ、勝負あったようだ」
「……参った」
地面に尻を付いたシルハンドの首にはアレクの剣が突きつけられていた。
「俺の負けは負けだが、おまえはもっと正面から攻めてくる奴だと思っていたぞ」
「どんな戦法を使おうと私は他の者に負けるわけにはいかないのでな」
「神官になるためか……おまえも大変だな」
アレクは剣の決闘と言われれば、剣のみで戦うような者であった。だが、それでは神官にはなれないのだ。アレクは他の者を蹴落としても上へ行かなければならない。
例え神官を父に持っていたとしても、アレクが神官になれるとは限らない。神官になるには厳しい条件が必要なのだ。
神官になるためにはまず魔導士になる必要がある。そして、魔導士になるためにも厳しい条件があるのだ。
このメミスでは魔導士になれるのは貴族の男だけである。そして、もうひとつの重要な条件に?エイース?を所有していなければならないというのがある。
エイースとは人間が極めて稀に持って生まれてくる特別な〈血〉のことである。この特別な〈血〉を持っていなければいくら努力をしようと魔導士にはなれない。
アレクは幸運な不運か魔導士の素質を持って生まれた。だが、魔導士や神官になるためのハンデを負っている。それでもアレクは父の職を継いで神官になるために魔導士となった。しかし、アレクは誰にも言えないアレクの両親とごく一部の人間しか知らない大きな秘密を持っていたのだ。
魔導剣を消したアレクがシルハンドに手を差し伸べた。アレクに手を借りて立ったシルハンドは笑みを浮かべ、アレクもそれに誘われて微笑んだ。だが、次の瞬間にアレクの笑みは凍りついた。
シルハンドは突然アレクの手を引き寄せて、アレクの身体を強く抱きしめた。アレクは少しの間、惚けてしまったが、我に返りシルハンドの身体を突き飛ばした。
――いけない。
アレクの脳裏にいつかのシルハンドの顔が浮かぶ。
その日のシルハンドはいつにも増して真剣な顔だった。あの日、アレクはシルハンドのある言葉を言われた。それは嬉しくもあり、アレクの苦悩を増やすものでもあった。
シルハインドは一息ついてアレクの顔をまじまじ見つめて呟いた。
「男として育てられていなければ俺の嫁にしたかった」
「戯言を抜かすな!」
「だが、いつまでも隠し通すわけにもいかないだろう」
「私は生涯男性を演じ続けなければならない」
そう、アレクはアルフェラッツ家の?長女?として生まれたのだ。
アレクの母はアレクを生んだ後に子供の産めない身体になり、アレクの父は別に女に子供を産ませて男の子供を産ませようとも考えたが、?アクエ?を所有する者が生まれてくるとは限らない。
アレクの父は悩んだ挙げ句、愛する妻と自分との間に生まれたアクエを所有する我が子を?長男?として育てることにした。神官という職務はどんなことをしても手に入れたいものなのだ。
「アレクが女として育てられたならば、おまえの母上のような美しい女性に育ったと思うのだがな」
――来る。
広大な大地の上を滑るように巨鳥が飛翔する。眼下に広がる農地では、果樹栽培でブドウやオリーブが盛んに作られ、羊の放牧が白い雲模様を大地に描いている。どこまでも豊かな大地が広がっている。
鳥の目から見る地平線の先に、聳え立つ高い防壁が現れる。強固な防壁に守られた都市国家メミスだ。
壁に囲まれた都市の中心には小高い丘があり、その頂には神殿がある。この場所が城塞であり、この都市を守護する月の女神ムーミストからの信託を授かる場所である。
国は巫女が神から授かる信託によって物事を決めるが、実際に国を動かしているのは十三人からなる神官と呼ばれる地位の者たちだ。
その神官を父に持つアレクは今日も自宅の庭で魔導の訓練をしていた。
今年で十六歳となるアレクは、アルフェラッツ家の第一子として生まれ、小さい頃から父に神官になることを義務付けられて育てられてきた。今日もそのために魔導の腕を磨いているのだ。
庭の端に立ててある的をアレクは睨みつけた。アレクの気合はいつも以上だった。その理由は、あれが来る時期だからだ。
法衣を身に纏ったアレクの天高く上げた掌の上で紅蓮の炎が渦巻いた。
「喰らえっ!」
アレクの手から放たれた炎の塊は轟々と空気を巻き込みながら的に命中した。
掌に炎の玉を出して的に投げつける。今では百発百中だが、昔は的を外してアレクは父によく叩かれたものだ。アレクにとって父は偉大であると共に畏怖の表徴でもある。今でも父は苦手だった。
魔導の種類にもよるが、炎の玉をひとつ出しただけでアレクは肩で息をしていた。魔導は強力な力を持つが、それゆえのリスクが伴うのだ。
燃え上がり灰となった的をアレクが見ていると、この場に何者かが手を叩きながら現れた。
「さすがは将来有望な魔導士だ」
「おお、シルハインドか!」
アレクの前に現れたのはシルハインドだった。白銀の髪を持つ彼はアレクと同い年で、アレクが最も信頼している親友でもある。
法衣を纏っているシルハインドはアレクと同じく魔導士だ。
「アレクと顔を合わせるのは一ヶ月ぶりになるか?」
「ああ、だいたいそのくらいだな。ところで探しに出た魔導具は見つかったのか?」
シルハインドはひと月ほど前にある魔導具を探して旅に出たのだ。そして、昨晩遅くこのメミスに帰って来て、朝一で手に入れた魔導具をアレクに見せに来たのだ。
胸にぶら下がるペンダントを見せつけながらシルハインドは自慢げに話しはじめた。
「これを見ろ、これがその魔導具だ」
シルハインドの胸で蒼く妖々と輝く宝玉。これがシルハインドの探し出した魔導具だ。
不思議な輝きを放つ宝玉にアレクは目を奪われた。
「これがソーサイアの魔導具か、なるほど不思議な力が伝わってくる」
「この魔導具は俺の魔導力を高めてくれるが、本当にソーサイアが創った魔導具なのかはわからない。そもそもソーサイアという者が本当にいるかも怪しいな」
ソーサイアとは四貴精霊のひとりに数えられ、古の時代に起きた精霊同士の戦争で活躍した精霊だ。この精霊は魔導を極めたと云われ、深い敬意を表して〈蒼魔の君〉と呼ばれ、絵本にも出てくる有名な伝説上の精霊である。
魔導力を増幅させたシルハンドは、右手に魔導を集中させて、黒い稲妻のような剣をつくり出した。
「アレク、久しぶりに剣の腕を競ってみないか?」
「おもしろい、その魔導具の力が本物か見極めてやろう」
アレクは手に魔導を集中させ閃光のような剣をつくり出した。
魔導剣による決闘。魔導剣とは魔導でつくり出した剣のことで、黒い稲妻を剣にしたものや、普通の剣の形をしているものなど多種多様の種類がある。
剣を構えた二人は互いを見据えながら間合いを取った。
足を地面に滑らせながら歩いていたシルハインドが急に地面を蹴り上げた。
「うおぉー!」
「くっ!」
噛み合った剣を挟んで二人は互いのことを睨みつけた。
不適な笑みを浮かべたアレクの姿がシルハインドの視界から消えた。
次の瞬間、シルハインドは回し蹴りを喰らって、足をすくわれて転んでしまった
「シルハインドよ、勝負あったようだ」
「……参った」
地面に尻を付いたシルハンドの首にはアレクの剣が突きつけられていた。
「俺の負けは負けだが、おまえはもっと正面から攻めてくる奴だと思っていたぞ」
「どんな戦法を使おうと私は他の者に負けるわけにはいかないのでな」
「神官になるためか……おまえも大変だな」
アレクは剣の決闘と言われれば、剣のみで戦うような者であった。だが、それでは神官にはなれないのだ。アレクは他の者を蹴落としても上へ行かなければならない。
例え神官を父に持っていたとしても、アレクが神官になれるとは限らない。神官になるには厳しい条件が必要なのだ。
神官になるためにはまず魔導士になる必要がある。そして、魔導士になるためにも厳しい条件があるのだ。
このメミスでは魔導士になれるのは貴族の男だけである。そして、もうひとつの重要な条件に?エイース?を所有していなければならないというのがある。
エイースとは人間が極めて稀に持って生まれてくる特別な〈血〉のことである。この特別な〈血〉を持っていなければいくら努力をしようと魔導士にはなれない。
アレクは幸運な不運か魔導士の素質を持って生まれた。だが、魔導士や神官になるためのハンデを負っている。それでもアレクは父の職を継いで神官になるために魔導士となった。しかし、アレクは誰にも言えないアレクの両親とごく一部の人間しか知らない大きな秘密を持っていたのだ。
魔導剣を消したアレクがシルハンドに手を差し伸べた。アレクに手を借りて立ったシルハンドは笑みを浮かべ、アレクもそれに誘われて微笑んだ。だが、次の瞬間にアレクの笑みは凍りついた。
シルハンドは突然アレクの手を引き寄せて、アレクの身体を強く抱きしめた。アレクは少しの間、惚けてしまったが、我に返りシルハンドの身体を突き飛ばした。
――いけない。
アレクの脳裏にいつかのシルハンドの顔が浮かぶ。
その日のシルハンドはいつにも増して真剣な顔だった。あの日、アレクはシルハンドのある言葉を言われた。それは嬉しくもあり、アレクの苦悩を増やすものでもあった。
シルハインドは一息ついてアレクの顔をまじまじ見つめて呟いた。
「男として育てられていなければ俺の嫁にしたかった」
「戯言を抜かすな!」
「だが、いつまでも隠し通すわけにもいかないだろう」
「私は生涯男性を演じ続けなければならない」
そう、アレクはアルフェラッツ家の?長女?として生まれたのだ。
アレクの母はアレクを生んだ後に子供の産めない身体になり、アレクの父は別に女に子供を産ませて男の子供を産ませようとも考えたが、?アクエ?を所有する者が生まれてくるとは限らない。
アレクの父は悩んだ挙げ句、愛する妻と自分との間に生まれたアクエを所有する我が子を?長男?として育てることにした。神官という職務はどんなことをしても手に入れたいものなのだ。
「アレクが女として育てられたならば、おまえの母上のような美しい女性に育ったと思うのだがな」
作品名:英雄の証 作家名:秋月あきら(秋月瑛)