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鬼となったきこりの話【三】



「おがくず」「鬼」「光」

**********

 そこは何の変哲のない公園だった。
 滑り台とブランコとジャングルジムとベンチがある何の変哲もないただの公園だった。ただ、特筆すべきはこの地域では林業が盛んで、木材の工芸品が多く作られていたので町おこしの一環として、ここの公園の遊具や柵は木で出来ていた。
 そんな公園の一角に、誰からも見捨てられてしまっているだろう古ぼけた石碑が祀られていた。石碑は苔がむして、なにか碑文が彫られているのだろうが、もはや専門家でなければ判別できない程に朽ちていた。
 そこへ現れたのは一人の老人とその孫の男の子だった。
 二人でのんびり散歩中だったのだろう。男の子は、祖父と手を繋いでいた。開いている方の手で石碑を指差して「じいちゃん、あれ何?お墓?」と祖父に尋ねた。
じいちゃんの小さい頃からある石だが、なんだか分からんのう。昔の人のお墓かもしれんな。」
「そっかー。お墓だったら、一人で寂しいだろうね。」
「そうじゃのう。」
 現代の年長者でさえも知ることのないこの石碑は、誰の記憶に残ることなく存在し続けていた。
 小さな公園の片隅で目立たぬように、ひっそりと。

**********

 昔々、あるところに鬼のように恐ろしい形相をしたきこりが暮らしていたそうだ。
 生まれつき醜くく恐ろしい顔で、村の人達はきこりのことを気味悪がったので、きこりは早いうちに両親をなくして以降、村はずれの山の麓に居を構えていた。きこりの両親は早いうちになくなったが、悲しくも、優しい両親ではなかった。両親は醜く生まれたきこりのせいで、村八分にされたことを憎み、暴力を振るったり、暴言を吐きつけたりしていた。きこりは醜くく恐ろしい顔であったが、大層体が大きく力があったので、山の木を切って薪にして生計を立てていた。
 村の人は、きこりのことを気味悪く思っていたが、きこりが気弱で強く出て来ないことをいいことに、安く木を買い取っていた。また、子供たちが怖がってしまうからという理由で、男が村に出て来ることを禁止していた。
 そのため、男は常に一人ぼっちで寂しく過ごしていた。
 彼に情けをかける人間は誰一人としていなかった。だから、きこりは人に会うことを極端に恐れていた。いつからか村に出ることはなくなり、どうしても必要な者があった場合はたまに薪を買い取りに来る村人に言伝を残し、揃えて貰っていた。
 寂しい毎日を送るきこりであったが、意外とそうでもなかった。男は体格に見合わず、手先が器用だった。切った木を更に加工して、日用品を作ったり、小物を作ったりすることも好きだった。たまに薪を取りに来る村人が加工品を目に停めて、勝手に持って行くことがあったが、また作れば良いことなので特に気にしていなかった。
 そのため、きこりの暮らしている小屋には、木材を加工するときに生じたおがくずが沢山積もっていた。

 きこりは最近笛を作ることに楽しみを見出していた。
 仕事の合間に笛を吹いていると、小鳥やウサギなどの小動物たちが近付いて来るのだ。孤独で寂しい暮らしを送っていたきこりはとても嬉しかった。さらに良い笛を作り、自作の曲を奏でてみると、鹿やタヌキや猿、クマといったさらに多くの動物たちがきこりのもとにやって来た。
 きこりは山の動物たちと過ごすこの時間が大好きだった。
 山の動物たちも、優しいきこりのことが大好きだった。
 村の人間たちからは嫌われて、いじめられてきたきこりだったが、動物たちに囲まれて、いつしか寂しさなんて感じなくなっていた。暗い暗い樵の人生に唯一光が差し込んだ瞬間だった。

 ところがある時、村の子供が村の外れに鬼が住んでいるという噂を聞きつけ、好奇心を抑えられなくなった子供がきこりの住んでいる小屋の近くまでやって来たという。ただ、子どもは慣れない山の中で迷い込んでしまい、だんだん暗くなって足元が見えなくなってきたころに、崖から落ちて、頭を打って死んでしまったという事件が起きた。
 きこりと子どもは最後まで会うことはなかったが、子どもが山で亡くなったことは、どいういうことかきこりのせいとなった。子ども一人が亡くなった悲しみは、気が弱いきこりに激しい憎悪となってぶつけられる。
 いくら気が弱く大人しいとはいえ、醜い姿をしており、体も大きい。いつ何をしでかすか分からないと恐れた村人たちは、きこりを殺すことを計画した。

 きこりは、なんとなく山の雰囲気が騒々しくなり、動物たちも笛を吹いてもなんだか落ち着かず、まるで何かを訴えるように鳴き声を上げていたので違和感を感じていたが、いつものように過ごしていた。
 そんなある夜のことだった。
 きこりは小屋から見える光で目を覚ました。そして、外からの大きな音で、寝床から飛び起きた。
 なんだか嫌な予感がしたきこりはそっと窓から外の様子を伺う。
 どうやら外には人がいるようだ。しかも大勢いる。外からの光は村人が持っている松明の灯りだった。こんな遅くに薪を取りに来たのだろうか、と思っていると、再び大きな音がなった。びっくりしながらも音のした方を見ていると、そこには沢山の動物が倒れている。ウサギや猿や鹿に小鳥。みんなきこりの笛の音を聞きに来てくれた動物たちだ。
 きこりはいてもたってもいられなくなった。
 きこりの寂しさを埋めてくれた優しい山の動物たちが、倒れている。
 きこりは小屋にある木材を掴んで、外に出た。そして、無我夢中でそれを振り回し、きこりの小屋を取り囲む村人たちを殴りつけた。村人たちがもつ松明の灯りは、きこりの大切な友達といっても良い動物たちの死骸を照らし出す。その様子を見て、きこりはさらに我を失った。気が狂ったように木材を振り回し、村人たちをなぎ倒していく。村人たちもまた山の動物たちと同じように地面に倒れて行った。
 きこりは村人たちをなぎ倒しながら、涙を流していた。笛を吹いて一緒に過ごしていた時のことを思い出していた。両親が死んでも泣かなかったきこりが初めて流した涙だった。村人は総出できこりを殺しにやって来ていたので、どんなに屈強な肉体をきこりでも、攻撃される場面はあった。しかし、その度に山の動物たちが身を挺してきこりをかばい、犠牲になって死んでいった。
 動物たちが犠牲になっていくごとに我を忘れて、暴れ狂うきこりの姿は、まるで本当の鬼のようだった。
 しかし、多勢に無勢という言葉がある。
 きこりは最期に炸裂する光を見て、地面に崩れ落ちた。
 村人が撃った火縄銃が、きこりに命中したのだ。
 村人たちは倒れたきこりを殴り、蹴った。二度と立ち上がることのないように執拗に殴りつけた。
 きこりが動かなくなったのを確認すると、村人たちはきこりを小屋の中に連れ戻し、小屋に火を放った。小屋はあっという間に燃え上がり、きこりもその業火の中に消えていった。

 きこりが死んでから、村には災厄が訪れるようになった。
作品名:お題に挑戦 作家名:藍澤 昴