サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第十八話
未だ『醒眉』の脳解放状態が続いているのもあるが、そんな自分の人でなしさにやり切れない憤りを感じ、そんな脳を自らの手でかきだしてやりたくなる、なんて考えていた時だった。
「ヴァオオオオオオオーンっ!」
それは、遠吠えだ。
鼓膜だけでなく、体全体が潜在的な恐怖によって震えてしまうような咆哮が木霊する。
そして、何か巨大なモノが歩を進めるかのような足音が聞こえた。
その足音が、一歩一歩近付いてくると思っただけで、真綿で首を絞めるかのような圧迫感がオレを苛む。
オレは恐怖で硬直する体を叱咤しながら、腹ばいになって下をそっと覗き込んだ。
そこに、それはいた。
大量の血液を塗りたくったかのような、生温い色合いの肌。
兎のように垂れた、赤黒く長い耳。
黒陽石の仮面に、そのまま肉付けしたかのような凶悪な面構え。
巨大な蹄めいた指先には、ぼうっと浮かび上がる白。
大木のように太い胴には、ぎりぎりに引っ張られてはち切られそうな男物の服。
その白も、その服も、一番信じたくない答えにつながっているようで……オレは自らの震えを止められない。
それは、何かを探してでもいるかのように、その場をうろうろと徘徊している。
その何かが、オレかもしれないと気付いた時。
身体の震えから起こる、些細な音でさえそれに気付かれてしまうような気がして。
オレはただ息を詰めて縮こまることしかできなかった。
『醒眉』の反動で体が言うことをきかないせいもあり、計り知れない恐怖がオレをなぐりつける。
―――二人で足して一つになればちょうどいいと思うのにな。
そんなオレがその時浮かんだ、そんな自分の言葉に呆然とする。
あの姿は、あれはもしかしてオレが考えたから……?
違う。そんなはずはない。
そんな馬鹿げたこと、起こるはずがないっ……!
大体、あんな怪物が二人なわけないじゃないか!
「ヴァオオオオオオオーンっ!」
そんなオレの気持ちを打ち砕くような、咆哮。
「……っ」
まさか、本当に?
信じたくない心とは裏腹に、さっき見た姿を思い出す。
確かに、あれはどう見ても快君の服だった。
蹄の白い光沢が、中司さんのマニキュアと同調して離れない。
そんな言いようのない葛藤から来る苦しみに、叫び声をあげたいのに、それすらままならない。
恐怖と苦しみにがんじがらめにされたオレは、意識を保ちその場にいることができそうになくて。
一時しのぎだとは分かってはいても。
再び意識を手放すことしか、オレには道がなかったんだ……。
(第19話につづく)
作品名:サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第十八話 作家名:御幣川幣