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サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第十八話

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 初めは、眼に映るものを信じたくなかった。

 でも、顔が見えなくてもその服装で判ってしまった。
 たとえそれが血の色一色に染められていても、それは快君本人のものだった。
 
 認めたくない、逃げ出したい、信じたくない。
 そんな言葉がオレの思考を支配する。

 だが、目を背けたくても、目の前の出来事は事実、起きていて。
 だからこそ、いつもの朗らかで優しい快君を取り戻したかった。


「生きるさ! これで全て終わらせてやる!」

 オレは人差し指の爪で、二本目の、赤と緑のストライプのミサンガを引きちぎる。

 心臓が高鳴り、毛穴の全てが開くような感覚。
 さらに、オレ自身は自分でちゃんと見たことはないが、瞳に無限大の刻印が刻まれる。
 黒目の中に入り込むように混じる白目が、ねじれた螺旋を描いている……はずだ。

 自分が人外のものになった気がして、何かを失ってしまいそうな気持ちになる反面、
 周りの非現実ぶりに耐性がついているのを、身をもって感じる。
 
 これが、『醒眉』の始まりだった。


「オオオオオッ!」
「っ!」

四つ足で突っ込んでくる快君をいなし、まずは観察する。
 やはり注目すべきは、黒陽石の仮面だった。

 『醒眉』を解放する前からなんとなく分かっていたことだが。
 その黒陽石の仮面からは強い邪気のようなものが放たれている。

 それから導き出される答えは一つだった。


 ―――黒陽石には化生が棲まうほどの魔力があると言われている。

 その魔力がもたらす物は黒陽石への依存症だ。
 古の時代に、黄金の魔力によって一日にして滅びた、エルドラドのような。

 つまり、あの黒陽石の仮面さえ外してしまえば、快君は正気に戻るかもしれないということで。


 再び剣を構えて、オレの脳天めがけて振り下ろしてくる快君。
 オレはそれを避けずに、間を詰めてその手を掴んで止めた。


「ウオオオオオッ!」
「だああああっ!」

 そしてそのまま力比べ。
 がっぷり四つ状態になる。
 こっちの方が背があるぶん、多少有利かもしれないが、どうやら互角のようだった。

 でも、ただ力比べをしたいわけじゃない。
 だんだん力を強める快君に対し、オレはギリギリのところまで耐えると、ふっと力を抜いた。


 「っ!」

 急に相手の力が無くなったせいか、前のめりになる快君。

「だっ!」

 オレはそれを利用してしゃがみ込み、アッパーの要領で仮面を上に突き上げた。


 「うわあああああっ!」

 黒陽石の仮面が弾け飛び、まるで断末魔のように、快君の声が響く。
 黒陽石の仮面はそのまま血だまりへと落ちた。

 その途端、糸の切れた操り人形のようにぐらりと力を失ってよろける快君を、オレは何とか支えるのに成功して……。




 「大丈夫か! 快君、しっかりしろ!」
「……あ、え? ここは」

 オレが肩を叩いて揺さぶると、快君はすぐに目を覚ました。
 そして首を振り振りオレを見て、ぎょっとなって後退る。

「雄太君? な、何その目っ! それに、血、血がっ!」

 快君は、オレの瞳の異様さと周りの異様さに気付き、怯えだす。
 無理もなかった。

 おそらく、自分が今まで何をやっていたのかも覚えていないのだろう。
 快君のせいでないことは分かっている。
 
 それでも、知らないでいることへの生まれた昏い憤りが、オレを蝕んだ。
 それが顔に出ないようにオレは歯を食いしばる。


 「怖いっ! 雄太くん。何か、嫌だよっ!」

 しかし、快君のその言葉に、オレは表情を保っていられる余裕はなかったかもしれない。


「快君、落ち着いてくれ! 今、説明を……っ!」

 それでもオレが、そんな快君をなだめようと、近付こうとしたその時。
『醒眉』の時だから分かる、ちりちりと焼けるような新たな殺意が出現する。


 「あぶねえっ!」
 「っ?」

 しかし。
 叫んだ時にはもう手遅れだった。
 横合いから回転しながら飛んできた大剣が、快君めがけて投げつけられて。


 「ぎゃっ」

 それをもろに受け、何が起きたのかも分からないままに血だまりに沈む快君。

「かっ、快君っ!」

 バチバチバチバチィッ!

「がっ?」

 そして、叫ぶと同時に襲われる、背後からの激しい痛みと麻痺。
 もう何が何だか、わけが分からなくなって……。
 
 それでもとっさに身体をねじって、後ろの相手を見る。


 「な……なんでっ」

 それは、中司さんだった。
 全身を赤に染め、まるで悪鬼のような表情をしていた。
 ただ、足の白いマニキュアだけが、怪しく映える。

 なん……で、中司さんが……?
 オレがそれを考えるまもなく、さらに状況は悪化する。


 ドクンッ!

 「ぐうっ」

 ―――どうやら、『醒眉』のリミットが来たらしい。
反動で体が凍り付けにでもなったように動かなくなる。

 オレは、電気と『醒眉』による代償で。
 そのまま身体が崩れ落ちるのを、オレは他人事のように感じていて……。


 「ふふふっ、これが世に二つとない黒陽石かっ! 素晴らしいっ!!」

 黒陽石の仮面を手にとって、愉悦の表情を浮かべる中司さんが、容易に想像できる……そんな声色。

 「な……かさ、さん……ど、どうして?」

 息も絶え絶えな快君の声。
 それはまだ、相手を疑っていないようで、酷く心に沁みた。


 「ふふ、お前は実にいい働きをしてくれた! これで私を邪魔になるものはない!」

 中司さんがそう叫び、快君に近付いていくのが、気配で分かる。
 一体、何を?
 考えるが意識が朦朧とし、顔も上げられない。


 「これで、黒陽石は私一人のものよーっ!」


 そして。
 意識が刈り取られようとする寸前、聴こえてきたのは。
 大地を揺るがす地響きと、中司さんの、そんな叫び声だった……。




       ※      ※      ※




 オレは引き攣る体の痛みで、目を覚ました。
 視界にはまたもや空の青が広がっている。

 何がどうなったのかが分からないまま、体を起こし、辺りを見回した。
 そこは、結構高い場所のようだった。
 入り組んだ白い壁たちが、眼下に見える。

 それは、何故か地平線の向こうまで続いているように見えて。
 どうにもならないかのような、そんな虚脱感が、抜けなかった。


 快君や、中司さんの姿が見えない。
 さっきの地響きは、また地形が変わったために起きたものらしい。

 足元を見ると、円状のねずみ返しのようなものがある。
 どうやら物見やぐらのような所の上にいるようだった。

 運がいいのか悪いのか、あの瞬間、これにひっかかって打ち上げられたのだろう。
 ならば、この下に先程の噴水、『フォーテイン』と呼ばれた広場があるはずだ。


 「……」

 ただ冷静に状況を把握し、終わったことを忘却し、これからどうしようかと模索している自分に、反吐が出た。