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靴ベラジカ
靴ベラジカ
novelistID. 55040
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Wie geht's ―はじめまして

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ナンターレ東部海岸沿いの小さな港町、セラグレンの中央通り。
今日も何の変哲もない空の下、日焼けした魚屋と燻された町の住人は気ままに働いている。

このしおれかけた港に態々足を運ぶ若者はあまりいない。
此処で生まれ育った子供もみな夢を追って都会へと越してしまうのだ。
住人達の殆どは皺、足取り… どこかしらに老いが見えている。
渋くも若々しい手染めファッションの、町から浮いた
その10代半ばの娘は「魚・定食」の看板に目をやり、唯一の食堂の扉を開けた。

こういった食堂はナンターレでは何処にでもある、庶民向けの小さなレストランの一つだ。
陽が落ちれば、ひと仕事を終えた漁師たちがつたない演奏とともに
大いに盛り上がっているが、昼時は漣と皿洗いの音しか聞こえない。
垢抜けないがこぎれいな少女は迷うことなく、一人しかいない先客を見つけ同席した。
 「この人と同じのください。 知り合いなの」
 「あいよ、ちょっと待ってくれ」
店主は表情は硬いが、おおらかに返しいそいそと足を運んだ。

 「ほんっと手間かけてごめん、改装まだなんだよ」
 「ううん、支部のお披露目楽しみにしてます。 じかに話すの初めてですよね」
先客はホルガー・アクスといった。 少女と同じく町では相当浮くであろう、
気負わない一声で、小柄な青年は詫びるために入れ過ぎた肩の力を少し抜く。
 「だよな、改めて初めましてティカさん。
こっちは相変わらずだぜ。 港町の人は『錬金術』知らずって話、割とあってるぞ。
邪魔はないけど依頼もまるで来ない」
うら若い娘にほんのり笑みがにじむ。

ティカと呼ばれる少女は、本名はフランツィスカ・パレンツァンという。
フルネームの長さからティカというあだ名がついたわけだが、
ナンターレではこのような愛称をつけられる事は特別珍しくはない。

錬金術は魔法薬や兵器の開発にも応用され、国家公認のエキスパートが
何百人といる幅の広い学問の一つである。
趣味の延長で、ティカはこの錬金術で店を開く夢を抱いていた。
小さい頃に夢見た未来を現実にすべく、厳しい試験を乗り越えて来たが、
錬金術協会役員・ホルガーの手助けもあり、順調にいけば
ティカは今すぐにでも最終試験を受ける手筈だ。

他愛もない話がだらだら店内に零れそうになると、
配膳のため再び店主がカレイの揚げ焼きを両手にぬっと現れた。
腹へり有志らはいそいそ午後の活力を迎え入れる。

 「あ… 『レミー』そっちに行った? 連絡なしに役員の仕事戻れないんだよ」
セットのパンを千切り、ホルガーは再び困惑の表情に戻る。
 「いえ? 今朝は、誰も」

話に上がるレミーとは、試験でティカがペアを組む事になった人物だ。
最終試験は3年間にわたり3か月に1回、計10回の実務試験がある。

もちろん以前はペアなど作らず、受験者一人でその長い試験を受けていたのだが、
一昔前、当時一般人が錬金術に全く疑問を抱かなかったのをいいことに、
粗悪な錬金アイテムを乱造し、過去の錬金術師達が築き上げてきた
地位と信頼をたたき壊す、史上最悪の悪徳錬金術士が現れてしまったのだ。
再発防止と錬金術の地位を取り戻すため、急遽第三者の協会員…
つまり、公認錬金術師に受験者とペアを組ませ監視などを
代行させる決まりが出来たのだ。

聞くと『レミー』は相当腕の立つ公認錬金術師だったが、
どうしようもない気分屋で、協会へのマージンが入らなくなるほど生活が逼迫し
ろくに儲けを出そうとしていなかったらしい。
住んでいた町の商業ギルドには『錬金術師くずれ』などと後ろ指を指され
居場所を失いかけていたところを、当時彼の調合した品を買い
その質の良さに興味を持ったホルガーが拾い上げたと言う。

受験者の身分を保障する為のペアが、
期間中蒸発ともなれば強制失格もありえ、何より
そもそもペアが不在となれば試験も始められない。

ティカのフォークさばきに焦りが見え始め、ホルガーもつられていく。
店内にカチカチと金属のリズムが小さく響きだす。
 「そろそろ帰ったほうがいいですか、ね」
 「行き違いもあれだし、村に戻ったら」

…同時に料理を食べ終え、共に声を上げた気まずさから、慌てふためいて
ティカは代金を、ホルガーは言いたい事を忘れてしまった。
ホルガーは周囲を伺う。 店にはコックと自分しかいない。
もうティカは一人帰路についてしまったようだ。

経費で落とせるか? 次に彼はつぶやいた。