ファースト・ノート 6
晃太郎の音が大音量で迫る。「ピアノラインは誰が作ったのか」と聞かれたので素直に初音だと答えると、譜面のコピーを見ながらしかめっ面をした。リズムパートが専門とはいえ、コードが変更されていることにも気づいているだろう。
こっそりのぞきこむと、譜面には鉛筆で複雑なリズムが書きこまれていた。
晃太郎はジロリと要を睨んで言った。
「あいつが編曲したのか」
「そうだけど」
素知らぬふりをしていったが、心臓は足早に血液を送り始めていた。
「次は絶対ここに連れてこい」
スティックを握って口の端を上げ、「もう一度イントロから頼む」と言ってカウントを取り始めた。要と修介は目をあわせて笑った。
晃太郎がバンドに入ってきた頃、その圧倒的な音色と精巧なリズムに戸惑っていた修介も、ずいぶんと波長が合うようになってきた。
ほどよくリラックスした指からのびやかなベースラインが紡がれる。ハイハットとバスドラムが織りなす複雑なリズムに乗って、軽快にスラッピングをする。人差し指や中指でベースの弦を引っぱって指板に打ち付ける動作を繰り返し、視線で要に合図を送ってくる。
重なり合うようにソロを受け継いでギターに指を這わせる。
修介は元のベースラインに戻る。
デビューしてからの三年間を陰で支えてくれた修介の力強い音色だった。
***
翌日の朝九時ごろ、携帯電話が鳴った。明け方まで曲を作っていたせいか、目を開けられないまま電話に出た。かけてきたのは芽衣菜だった。鼻水をすすりあげる音が聞こえる。
どうしたんだと聞いたら、修が死んだ、と言った。
返答できずにいると、嗚咽をあげながら「昨日の深夜に、高速道路の玉突き事故に巻きこまれて即死だったみたい」と言った。今どこにいるのかと聞いたら病院だと言った。俺もすぐに行くよとこたえて通話を切った。
すばやく服を着替え、湊人の腕を引っつかんで車に乗りこんだ。
事態が飲みこめないまま助手席に座った湊人に携帯電話を渡す。初音にかけてくれと頼んだ。手のひらの震えを体の中におさえながら、修が事故で死んだ、と言った。
作品名:ファースト・ノート 6 作家名:わたなべめぐみ