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竹田 しおり
竹田 しおり
novelistID. 54867
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黒太子エドワードⅠ

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第二章 母とその愛人


「まさか、ちゃんと教皇様から特免状を貰うなんてね。そんなに好き合ってたのかしら、あの子達。まだまだ子供だと思っていたのに」
 二人が結婚式を挙げ、共に暮らし始めるのを少し離れた部屋の窓から見ると、母のイザベラは乱れた髪をとかしながらそう言った。
「はは、心配することはない。まだ、どっちも子供さ。一六と一四だったぞ? 何も出来やしないさ!」
「そういう心配をしてるわけじゃないんだけど……」
 イザベラが困った表情でそう言うと、ベッドで横になっていたロジャーは、構わず手招きした。
「じゃあ、何も心配することはあるまい?」
「それはそうだけど……」
「子供を心配する君も魅力的だが、どうせなら母親より女の顔をしてる方がいいな。ほら、早く!」
 そう言うと、ロジャーはイザベラの手をとって、ベッドの方に引っ張っていった。
「もう、あなたったら、本当に仕方が無いわね」
 そう言いながら抵抗しないイザベラは、まだまだずっと自分達の世が続くと信じていた。まさかそれから約二年後に幽閉されることになろうとは、夢にも思っていなかったのだった。

「フランスの王位、ですか?」
 自分の部屋より広い、母イザベラのサロンに呼ばれたエドワードはそう言うと苦笑した。
「ええ。私がフランス王フィリップ四世の娘で、カペー朝の血を引いているのは知っているでしょう?」
 そう言うと、イザベラは、年を感じさせない、優雅な笑みを浮かべた。ヨーロッパの貴族から「佳人イザベラ」と言われたその美貌は、未だに衰えていないようだった。
 息子のエドワードは、それが虫唾が走る程嫌いだったが。
「無論、存じておりますが、そういうことでしたら、母上が正式なフランス王に名乗りをあげられればよろしいのではありませんか?」
「私では、無理よ。弱い女の身で、何が出来るというの?」
 そう言うと、イザベラはフリルのついた豪華な扇で口元を隠した。
 女狐が……! 男を手玉にとって操り、父上を追い出しておいて、何が「弱い女の身」だ!
 そう思っていたからだろうか。エドワードは知らず知らずのうちに、少し離れた所で二人の様子を見ていたロジャーを睨んでいたらしい。
「おいおい、君の母上が本当に弱いかどうか、私に聞きたいのかい? 勘弁してくれよ! そんなの、二人の間の秘め事だろう? 君だって、一応結婚したんだ、それくらい分かってくれよ」
 胸のボタンをわざとなのか、少し外したロジャーがニヤニヤしながらそう言うと、エドワードは一層険しい表情で彼を睨みつけた。
「おお、怖っ! 妻と母は違うってか?」
「少なくとも私は、フィリッパ一人を大事にしています」
 低めの声で、はっきりエドワードがそう言うと、ロジャーは笑った。
「はは! 俺だって、君の母上をこの上なく大事にしてるさ! なぁ、ハニー?」
 そう言うと、ロジャーは恥ずかしげもなくエドワードの目の前を通ってイザベラに近付き、その頬にキスをした。しっかり腰に手を回して。
「まぁ、フィリッパと仲良くしてくれているのは、いいことだわ。兄上が私達に国外退去命令を出した時に助けてくれたのが、エノー伯ギヨーム殿なんですもの」
「フィリッパは、実に良い娘です」
 そんな母に、息子は言葉を選んでそう言った。
「そう……。じゃあ、しっかりフランスの王位も奪取なさい!」
「講和はよろしいのですか?」
 国王とは名ばかりの自分の頭越しにフランスとの講和の道も探られていると聞いていたエドワードがそう尋ねると、イザベラとロジャーは顔を見合わせた。
「お前は、そんなこと、知らずともよい!」
 ──まるで、父王であるかのような口ぶりだな。
 エドワードはそう思ったが、うつむいて表情を読まれないようにした。
『時期を待つのよ、エドワード』
 先日、フィリッパに言われた言葉が、彼の頭の中で繰り返され、彼は深呼吸すると、頷いた。
 今はまだ、その時ではない。だが、いずれ……。
 少年の心の炎は、妻以外には分からないうちに大きく育っていったのだった。