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サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第九話

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 夢で見た、煌びやかで悲しい、その光景。
 しかし、そんな景色に浸っていられる時間は長くは続かなかった。

 
 広場に入ってすぐに感じたのは視線。
 それは一つじゃなくて、オレでも解るくらいに、無数の視線に晒されている。

 それは、恐れ、怯え、警戒、あるいは怒りといった負の感情。
 獲物が近付くのをじっと待つ、というよりは、早くここから立ち去って欲しいと願っている感じがした。

 どこにその視線があるのか、何となくは分かるのだが、目を合わせようとすると、さっとそれは隠れて消えてしまう。
 一度に多くの嫌悪の視線なんて受けた経験がないオレは、それをただ受けることしかできなかった。


「……っ」

 例えるなら、苛烈なファンの集まるアウェイの球場に乗り込んだサッカー選手の気分、だろうか。
 それに、お化けを見た時に感じるようなゾクゾクを加えたら、今みたいな雰囲気を味わえるかもしれない。
見たことがないので、感覚だけだけど。

「……っ」
「うーっ」

 中司さんや、快君も同じようで、その場には奇妙な膠着状態が続いて。


 それから、どのくらいの時間が経ったのだろう。
 実際にはたいした時間は経っていなかったのかもしれない。
 その沈黙を破ったのは、ここのお土産などが売っているらしい『プリヴェーニア』のカウンター奥から出てきた、一人の老人だった。

 白いあごひげの老人は、じいちゃんにも引けをとらない鋭い視線でこちらを品定めするかのように一瞥し、思ったよりも若い、低いバリトンで言った。


「君たちは……何者だ? 先ほどの一団と同じ者か?」
「と、言うと?」

 オレが意味を図りかねて、そう言いかけると。
 すぐに中司さんが、焦ったように睨んでくる。
 
 あ、そうだった。オレたち、無断でここに入ってきてるんだよな。
 一応『立ち禁』の場所へ入るためのしおりは持ってるけど。
 現場に行って、やっぱり入れなかったというのは、ままあったりする。

 それに気付いて、オレはもう一度その老人を見る。
 困ったことに、大分古ぼけてはいるが、その老人は薄いモスグリーンの作業着のようなものを着ていた。

 胸元のポケットには、しっかり『三輪ランド』と刺繍がしてある。
 オレが内心ヒヤヒヤしていると、それを知ってか知らずか、老人は言葉を続けた。


 「その様子を見ると、奴らとは違うようだが」
 「あ、わかった。さっきの一団って、ひょっとしてここにバスで来た人達のことなんじゃない?」

 もともと図太いのか、別にどうでもいいのか、快君は笑顔のまま思いついたことを言ってのける。

「ああ、さっきのバスってやっぱりここに来てたんですね。それなら違います。あんなバスがあるって解らなくて、駅降りて歩いてここまで来ましたし」

 オレも、中司さんの視線を交わしつつ、快君の開き直りに押されるようにして、正直にそう言った。

「そうか、無理もないな。あのバスは、一般の知る所ではないものだからな」
「ふーん、それじゃあまるで、一般人じゃない方々が、ここで何かしてるって言っているようなものね」

 老人の態度に、ここを追い出す気がないのを悟ったのか、中司さんは得意そうに言った。

「おお、なるほど。そうだよね。それじゃあ、今ここで何してるんだろう?」

 快君は言葉通り、教えてくれといった表情で老人を見る。
 すると、老人は初めて人好きのする笑みを見せて言った。

「教えてやりたい所だが、君たちがここに何をしに来たのか、訊くほうが先だな。ただ迷い込んで来たのなら、知らないほうがいい。君らのためだ」

 何をしに来たのか。
 いろいろ言い方もあるかと思うが、オレはやっぱり思ったまま答えることにした。


「オレたちは大学のサークルで、ここの謎を、解明、調査しに来たんです。一言でいうと、冒険ってやつですね」

 言いながら、有効かどうかも分からないしおりに備え付けの許可証を見せる。

 「ちょっと、なに馬鹿正直に答えてるの!」

 口に出た言葉を代弁するかのような表情で、中司さんが耳元で怒鳴る。

 「いっ、いや、確かに字面だけ見ると馬鹿っぽいけど、別に嘘つく理由ないだろ」
 「そうだよ、冒険、面白いじゃん」
 「……」

 オレと、少し論点のずれている快君に言葉無く、中司さんが天を見上げる。


「ふふ」

 すると、老人が笑みをこぼした。
 それはどちらかというと、オレたちの掛け合いが面白かったからじゃなくて、何か嬉しいことでもあったかのような、そんな笑いだった。

「そうか、まだそんな輩がここに来ようとはな。では一つ、この『三輪ランド』の従業員として、アドバイスをやろう」

 その声色は、まさしく遊園地にやってきた客を迎える従業員のものだった。

「まず、ここの地図を探すといい。それが、ここの全てを解明する、第一歩だ」
「地図? それって入り口にあった大きなやつのことですか?」
「いや、それとは違う、持ち運びができるものだ」

 オレの問いに、老人は首を振り否定する。
 察するに、この広大な園内のどこかにそれはあるのだろう。

「ねえねえおじいさん! その地図なら黒陽石のある場所、分かるかなあ?」

 地図がある、と聞いて快君は、子供のようにはしゃぐ。

 しかし、それを聞いた老人の表情は。
 一変して苦いものに変わった。


 「こ、黒陽石……っ」

 あまりに苦しそうにそう呟くので、オレは心配になって、声をかけようと近付いたが。
 それよりも前に、老人はいきなり声をあげた。


 「黒陽石か! 黒陽石ならば、今はこの先にある『フォーテイン』と呼ばれる広場にあるぞ、お嬢さん!」
 「……っ」

 急に何かのスイッチでも入ったかのような変わりように、オレはぎょっとして立ち止まった。
何だろう。このおかしな感覚は?
老人の表情は、笑顔なのに、どこか不快感を覚える。
 
 しかし、その不快感は、快君の頓狂な声で掻き消された。


 「おじょうさん? 可愛いお嬢さんだって! ボ、ボク男なのにっ。う、うわーんっ!」

 そこまで言ってないだろと突っ込む前に、快君は走っていってしまった。
 見た目童顔で、性別を感じさせない快君は、時々女の子と間違われることがある。
 ちなみに、大学生だと思われたことは一度もないらしい。
 そして、可愛いと言われると泣いてしまうタイプなのだ。

 「ちょっと、そっちは今来た道よっ! 戻ってどうするのっ!」

 それに即座に反応した中司さんが、いつもいつもしょうがないんだから、といった様子で快君を追いかける。

 しばらくして、全体重をかけられて押さえつけられたかのような、ぐえっという快君のうめきが聞こえた。

 パワフルだなあ、中司さんは。
 傷心?の快君は、中司さんに任せておけば大丈夫だろう。

 オレはそう思いつつ、続きを促すために、再び老人のほうへ視線を向けた。
 地図と、黒陽石の関連性が気になった、というのもある。
 老人は、まるで地図と黒陽石は関係が無いと言っているように聞こえたからだ。