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サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第八話

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 「そうなの? だってあの入道雲だよ? 夏だけのものじゃなかった?」

 知らないの? って感じの快君の疑問。
 それにオレは、思わずうわっと声を上げそうになった。
 怒られるって、そう思ったからだ。

 「そうね……」
 「?」

 しかし、中司さんの態度は、オレの予想とは異なっていた。
 何を話そうかと、考え込むかのような仕草も、何だか柔らかい。

 「それは入道雲が、その名の通り、だいだら法師(ぼっち)の化身で、私たちの生きるこの大地を空から見守っているから、かしら」
 「えぇっ?」

 思わず出た言葉は、はあ? に近かったかもしれない。
 まるで小さな弟に寝物語を読んであげるかのような物言いは、オレを唖然とさせるのには十分だった。

 「何? その思い切り胡散臭そうな声は?」
 「い、いやっ、別にっ」

 そんなオレに気付いて、中司さんはオレのことをギラリと睨む。
 超研に入っているのだから、このくらいのことは当然として流しなさい、と言わんばかりだった。

 「ダイダラボッチって、そう言えばそんな名前の歌、あったよね。だらぼっち~って」

 首を傾げ、そう言えばと相槌をうつ快君に。
 オレへの態度はどこへやら、再び上機嫌に中司さんは語りだす。

 「そうね、童謡にもあるように、大地を司る神様の一人だと言われているわ。その姿は山より大きくて、みんなが寝静まった夜に、そっと大地を作り変えるの。その力は強大で、そこに住む生き物は全て、大地が作り変えられたことに気付かないと言うわ」

 誰にも気付かれないのに、どうしてだいだらぼっちにそんな力があるって分かったんだろうという疑問はとりあえず飲み込んでおく。
 一方、快君はそれを聞いて何か気付いたらしく、ぽんと手のひらを叩いて、言った。

 「じゃあ、さっきの迷路の地形が変わったのも、だいだらぼっちの仕業なんだねっ」
 「え? ま、まあ。そう言うことになるのかしら」
 「本気かよ」

 だから、誰にも分からないんだろ?
 おそらく適当なことを言ってる中司さんに、オレは思わず突っ込んでしまった。
 すると、案の定、ぎろっと睨まれる。

 「あら? まるで信じてないっていった感じね?」
 「いや、まあ……その」

 凄んでくる中司さんに、オレは愛想笑いを浮かべるしかない。
 だってそれ、そもそも妖怪漫画のネタじゃん。
 二人して本気なんだもの、始末に悪い。

 「それじゃあ、雄太にそれは違うって言うことを証明できる術が、何かあるとでも言うのかしら?」
 「いや、ないけどさ」
 「それなら、私の考えが正しい可能性もあるわけでしょう?」

 可能性とか言ってる時点で駄目な気もするが、そういう言い方をされると、無論反論できるはずもなく、オレは頷くしかない。

 「それにね、例えばここにいる私たちが、ここに生きて、立っているってことだって、証明はできないでしょう? ……結局全ては思い込みの産物。きっとそう思うことこそが証明になるのよ、おわかり?」
 「う、うーん」
 「はーい、良く分かったよー」

 世の全ての不思議なことは、不思議だと思うからこそ、不思議として存在していられる。
 はっきり言って暴論だった。
 人の事は言えないけど、俄かの知識を披露して、本当はその知識に追いついていないのに、得意になってそうなところとか。

 まぁ、それでも。
 オレにはこの白い壁が動く理由について、証明できるものは何もないわけで。

 そう言うものなのかなと、納得せざるを得ないと同時に、まるで疑いもせず信じてる快君が、何だか羨ましかった……。


 それはともかくとして、あの雲の厚さだと雨が降ってくるかもしれない。
 この辺りには空を覆う屋根がないので、降られると少しきつい。
 何故ならば、ダメなことにオレ自身傘を持ってきていなかったことに気づいたからだ。

 まあ、きっと快君なら持ってきているだろうからいいかななんて思いながら、引き続き空を眺めつつ歩を進めていると、霞むほどの遠目に、今度は色とりどりのゴンドラが視界に入り込んでくる。


 それは、観覧車だった。
 よくある、だけどどちらかと言えば大きい方の部類に入るもの。
 オレはぼんやりとそれを眺める。
 観覧車ってどうしてあんなにゆっくり回るんだろうな。
 そのゆったりした時間の共有がいいらしいと聞くけど、オレはそんないい時間を共有、だなんて思える人と乗ったことがないから、それを知る術も当然ない。
 たまにはすごいスピードで何回転もする観覧車があってもいいんじゃないかって思ったりもする。

 そんなことを考えて、オレはそこで初めておかしなことに気付いた。

 「あれっ、観覧車が動いてる!」
 「わっ、ホントだ」
 「ま、勝手に入り口が塞がるような場所なんだもの、今更それくらいでは驚かないわ」

 素直に反応する快君とは対照的に、当然ね、とばかりにそう言ってくる中司さん。

 「うん、そうなんだけどさ、あれってやっぱりここに人がいるってことにならない?」

 そう、その方が、勝手に動いていると判断するよりははるかに現実的だった。

 「つぶれてるってのは嘘で、実は密かに開園してるってこと?」

 快君の言う通り、それならさっきのバスの説明がつくし、今までのもアトラクションの一環だったんだって納得できるが……。

 「どうしてわざわざ入り口を閉めて、秘密にする必要があるわけ?」

 確かにそれは言えるので、オレはその場で考え付いたことを述べた。

 「……うーん、ここの関係者とか、お金持ちとかに貸し切りにしてるとか」

 または、実は映画とかの撮影などに使われている、なんてことも考えられる。

 「それか、一般の人には知られたくないようなことが行われてたりして?」

 快君が笑顔のままさらりと怖いことを言ってくる。何だよ、それって!

 「ま、どっちにしろ他の人に会ってみないと始まらないわね。私としては黒陽石を見つけ出す前につまみ出されないことを祈るわ」
 「はは、そればっかりだな」
 「いいんじゃない? ボクも見てみたいもん」

 黒陽石、ねえ。そんなに言うほど、拝む価値があるものなんだろうか。
 水晶でできた髑髏とかなら、見たい気もするけど……。

 そんな感じで、再び始まってしまった二人の黒陽石談義に密かな蚊帳の外気分を味わっていると、やがて、入り組んでいた白塗りの壁が不意に開ける。
 

 「うわあ」
 「へえ、なかなか凝ってるじゃない」
 「……っ」

 快君は驚いたように、中司さんは感心した様子で、目の前に広がる景色に圧倒された言葉を吐く。
 
 かく言うオレは二重の意味で言葉を失っていた。
 いきなり異国……中世ヨーロッパの世界に迷いこんでしまったかのような雰囲気と、激しい頭痛のような既視感。

 それをどう表現すれば正しいのか。
 例えるなら、ずっと失くしていた最後のパズルの一ピースを見つけたときのような、嬉しい気持ちと、寂しい気持ちがオレを支配する。
 

 オレの体は震えていただろう。
 それは、寒さでも、恐怖でも、武者震いでもなく。