正常な世界にて
……中国人コックとメンヘラ女三人組の対決は、スマートかつスムーズに終わった。結果は、中国人コックの圧勝だ……。
彼は、巧みな中華鍋裁きで、三人組の頭を次々に殴り、床やテーブルの上で気絶させた。しかも彼は無傷だ。
彼がただ者でないことぐらい、高校生の私にもわかる。カンフーや太極拳の達人なのかな? とはいえ、戦った後は気が抜けたように、イスに座りこんでいた。熱しやすく冷めやすい人らしい。
警官や救急隊員がてんてこ舞いする中、私たちは店を後にした。もちろん、あの中国人ウェイターに代金を支払ってからなのは言うまでもないことだ。アイスコーヒーを少し残してしまったけど、これ以上ここにいたくない。とはいえ、せっかくの奢りが台無しになってしまったから、私は悲しい……。
救急隊員たちが、あの嫌われおじさんを一枚ガラスから引き抜いていた。今やガラス面のほとんどが血で覆われていて、まるで赤いカーテンをひいているようだね……。彼の首はすっかりグシャグシャで、骨の残り部分によって、なんとか胴体と繋がっている状態だ。彼を生かしていた血管や気管は、もう一本もそこを通っていないだろうね……。
栄の地下街は、あの店での惨劇など無かったかの如く、楽しそうに賑わっていた。もしかすると、悲しい惨劇を少しでも早く忘れ去りたいがため、わざと楽しそうに振る舞っているだけかもしれないけどね……。
店から離れ、駅へ歩きながら振り向いたときのことだ。例のスーツ刑事二人組が、あの店へ大急ぎで入っていくのを見た……。あと少し遅ければ、彼らに見つかり、嫌味を言われていただろうね。
もしかすると、今は亡き嫌われおじさんの待ち合わせ相手とは、あの二人組かもしれない。とはいえ、嫌な気分にされるために、店にわざわざ戻りたいとは思わないね……。
それより、二人にどこかで奢り直したほうがいいのかな? 財布の中身を思い出し、考えこむ私がそこにいた。