正常な世界にて
【第10章】
――時は流れて、翌年の春。街の桜は、花びらを地面に撒き散らしている。
私は高校二年生になり、精神障害者手帳を取得していた。よほどのバカでない限り、二年生に上がるのは簡単なことだ。でも、手帳を取得することは、けっこう面倒な事だらけだったね……。
坂本君がアドバイスしてくれたので、なんとか取得までこぎつけられた。あの仕事場を辞めた件があるから、高山さんには助けを求めづらかった……。彼女には、手帳の申請と取得についての報告をしただけだ。
両親には、精神障害者手帳の取得ではなく、自立支援医療制度の利用ということにしておいた……。お金を節約するためだと、うまく言いくるめられたのは幸いだった。名古屋人はケチだから、お金の扱いにはうるさい。もしバレたらどうしようかと、申請から取得のまでの日々は、ドキドキだった。でもまあ、こうして取得さえしてしまえば、こっちのものだからね。なので、今は少し安心できている。
いずれ、両親に話すつもりだけど、手帳を持っていることにより、どういう「特典」を得られるかということについて、よく調べておかないとね。
……そうそう、年明けに、坂本君と高山さんとで初詣に行ったよ。幸い、何事も起きずに初詣のイベントは終わった。周りにいた仲良しグループと、同じような調子だったという意味ね。高山さんは、いつもの表情と口調で私と坂本君に接してくれた。だけど、あの仕事場の窓からじっと、私と彼を見つめていた彼女を、どうしても思い出してしまう……。
「悪い! ちょっとユニクロに寄らせて!」
坂本君が、私と高山さんに懇願する。
私たちが今いるのは、栄のパルコだ。学校帰りに、服を買いに寄ったのだ。坂本君はファッションに細かいところがあるらしく、女性の私たちよりも買い物に時間がかかっていた……。まあ、私も出かけ間際に、服装決めで戸惑ることがあるので、文句は言えないけどね。
「いい色してる無地の靴下が、どうしても見つからなくてさ……」
彼の懇願に負け、私と高山さんはもうしばらく付き合うことにした。まあ今日は、学校がいつもより早く終わった日だから、時間の余裕はまだある。