正常な世界にて
それぐらいの付き合いなら、今後も続けていきたいので、私と坂本君は頷いた。すると、高山さんは少し嬉しそうな顔をした。忠告してきたIには悪いけど、絶交なんて無理だ。今夜にでも、また忠告をしてくるかもしれないけど、そのときはそう言ってやるつもりだ。
仕事場の雑居ビルを後にする私と坂本君。冷たい風が、道路の向こうから吹いてきた。いくら暖冬とはいえ、冬は冬だ。初詣のときは、分厚いコートが必要だね。
「せっかくのクリスマスだけど、どこかに寄る?」
相手が私とはいえ、さっそく女遊びを始めたらしい坂本君……。ついさっき、バイトを辞めたばかりだというのにね。
「少し早いけど、これからクリニックに行く。障害者手帳について聞けるなら、年内に聞いておきたいし」
「ついてくよ。手帳持ちのボクがいっしょにいたほうがいいだろ?」
やれやれ、またちょっとしたデートだね。これで三度目かな? 今にクラスメートの誰かに、目撃されてしまいそうだ……。
「…………」
ふと気配を感じた私は、あの雑居ビルのほうを振り向いた……。もちろん、視線の先には、仕事場の窓がある。
……窓の向こうで、高山さんがこちらをじっと見つめていた。少し距離があるけど、そのことはなぜかハッキリと感じたのだ……。彼女の両目から、恐怖心を植え付ける矢が発射されているのはわかる。
「どうしたのさ?」
坂本君に声をかけられてから私は、自分が立ち止まっていたことに気がついた……。どうやら、高山さんの視線には、人を立ち止まらせる効果でもあるようだね。
「な、なんでもない」
何食わぬ顔で再び歩き出す私。さすがに怪しまれたらしく、坂本君は私の視線の先を見る。彼もこちらをじっと見る彼女の存在を知ることだろう。
「仕事場に忘れ物でもしたの?」
ところが、坂本君が見たときには、彼女は窓のそばにいなかった。彼の表情に、恐怖心の矢が植え付けられた形跡は皆無だ。