正常な世界にて
終業時刻。パソコンの片付けに手間取り、ようやく帰れる頃には、あの男はもう帰っていた……。めんどくさいこともあり、直接話を聞きたかったのだ。
幸か不幸か、高山さんの姿もなかった。今日の事があるから、別々に帰ることになってよかったのかもしれない。寒風の中、一人寂しく帰るのは心地良くないけどね……。
その帰路で最寄り駅に着いたとき、チェーンソー男に殺された「生き残り男」のことを思い出した。彼とお仲間はついこの間、この駅前で、殺人事件遺族の広報活動をしていた。あんな特殊な演説ができるなんて、ある意味すごいと思ったものだ。
……あの惨劇の後、マスコミは発狂したかの如く、大ニュースとして取り上げた。ほとんどのチャンネルが通常の放送を取りやめて、この事件を報じた。まあ五人も殺されたのだから、この流れは当然のことだ。
ところが今朝になると、もうどこのチャンネルも続報を伝えていなかった……。ニュースのラインナップには、アメリカ大統領選挙や天気の話題が牛耳っている。まだ高校生の私にも、不自然であることを感じ取れた……。
ネット上はまだ、この話題のことで持ち切りだったけど、その勢いは弱まりつつある。しょせんは他人事というわけだね……。
帰宅して風呂と夕食を済ませた私は、ベッドに寝転がる。ここ数日分の溜まった疲労を、ベッドに沈む背中で感じた。
「……送ってみるか」
あの男からのメモを思い出した私は、クローゼットに仕舞った上着のポケットを探る。本当に恋愛以外の話だとありがたいね。
『クリスマスイブは空いているか? そちらの疑問に答えることができると思う』
メモに書かれたIDを登録し、挨拶文を送ると、こんな返事がきた。今の私にとって、シリアスかつ惹かれる内容だ……。油断はダメだけど、スルーするわけにはいかない。それに、クリスマスイブはフリーだったのだ。悲しいことにね……。