正常な世界にて
高山さんの手下があの少女を助けるついでに、エレベーターを待ち伏せしていた。そして、ドアが開くと見境なく乱射し、コミュニティの約半数に当たる仲間を葬ったというわけだ。
一発も反撃する間もなく、その手下は手柄をいくつも抱え、高山さんの元へ。彼女は喜ぶだろうけど、坂本君のように慢心までは持たない。冷静かつ冷酷に、次は私たち自身を確実に葬ろうと、良案を練るのみ……。
再び嘔吐したが、今度は黄色い唾液か何か。もはや吐く物にも不自由している。
「うん、非常に不味い事態になってきたね」
口元を拭いながら振り返ると、ロビーの出入口に伊藤が立っていた。靴や口を汚すことなく、離れたそこから私たちを見ている……。
彼が羨ましいというか恨めしく思えたけど、責めることはできない。私だって必要ないのに、わざわざ自分も汚れようとは思わないからね。
「コミュニティに戻ったら、向こう数日間は外出しないほうがいいね。幸い、水や食糧の余裕があるから」
「いやいやさっき言ったように、今すぐアイツを仕留めなきゃ、後がメンドイよ!」
慢心は消え失せたものの、闘争心までは失っていない坂本君。ここまで来ると、完全にこだわりだね。
乗ってきたハリアーは、駐車違反の標識にバンパーをぶつける形で停められている。マンションを出た私たちは、足早に車へ向かう。
今はコミュニティへ戻るところだ。昨夜のような襲撃をまた受けるかもだし、多くの仲間を殺した連中が、その足で向かったかもしれない。銃声や悲鳴が聞こえる前に戻らなきゃ……。
朝から続くこの件で、コミュニティは大きな痛手を被り、伊藤も消極的姿勢に転じた。今は一人でも多く、防衛に当たるのが得策だと、高校生相当の私でもわかる。
ところが坂本君は、攻撃あるのみだと納得しようとしない。伊藤は苦笑しながら、私にアイコンタクトを送ってきた。「鬼嫁、いや鬼のように激怒しても構わないから、強引に説得してくれ」と。
確実に時間がかかるけど、ここは坂本君の彼女である私が、またまた苦労するわけだね……。
「あっ!」
坂本君に口を開きかけたそのとき、ゲート係の男が声をあげる。彼は歩道の先を指さしていた。
駅前を沿う歩道上に、私と同い年ぐらいの小柄な少女がいた。白い長物の先端を自身の足元へ向けながら、ゆっくり歩いている。散乱する空き缶や新聞紙といったゴミをギリギリ避けながらの足取りとその姿はかなり目立つ。
……すぐに彼女が、視覚障害者だと把握できた。大きな白杖や遮光メガネを身につけているからね。発達障害者や精神障害者と違い、身体障害者は比較的見つけやすい。人気の少ない今はなおさらだ。