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正常な世界にて

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『アメリカの次期大統領候補であるパットン氏は、党の演説会において、倫理的観点から遺伝子検査による出生前診断を禁止すべきだと主張しました』
リビングの液晶テレビが、アメリカ大統領選挙のニュースを伝えている。彼が最有力候補だという論調だった。
 テレビから英語が放たれる中、両親はテーブルで朝食を取っている。普段の朝と一見変わらないけど、空気や雰囲気は明らかに違う……。
「おはよ」
とりあえずかけた、朝の挨拶。
「ああ、おはよう」
母の口調はよそよそしかった。
「…………」
父は無言で、わざとらしく広げた新聞で顔を隠す。
 リビングはとても不快な空気で満ちていた。呼吸困難を起こしそうな息苦しさ……。お腹はペコペコなのに、食べようという気力がなかなか起きない。
 それでも食べないわけにいかず、必死に口へ運んだ。調子が狂い、舌や唇を何度も噛んでしまう。痛い痛い。

「お金は出さないからな」
私が朝食を食べ終える頃、父がボソッと言った。
「あっ、そうなんだ」
精神科に通うための医療費の話だ。自己負担は自腹か。
「ADなんとかという病気を治すためのお金なんて一切出さないからな!」
父は強くそう言った。発達障害の存在自体を否定しそうな勢いで……。
「いいよ! 自分でなんとかするから!」
そう言い捨て、バタートーストをバクバク食べ始める私。零れ落ちていくパン屑。
「ムダ遣いは許しませんよ!」
口出しする母。その口から「ムダ遣い」の言葉が放たれるのは、口癖以外の何物でもない。
「自分自身のため! 無駄遣いなんかじゃない!」
牛乳を飲み干す私。沸き立つ勢いに身を任せている。
「あなただけの問題じゃない! お母さんたちだけじゃなく、親戚にも迷惑かけちゃうの!」
お金の問題でなく、世間体の問題なんだ……。
「ハイハイ! つまり、私自体はどうでもいいんだね!」
大声で叫んだけど、最低限の理性はまだ保てている。
「……ハァ、もうまったく」
「…………」
両親は何も言ってこない。意気消沈させてやれたんだ。
 ……もしかすると、昨夜の私の暴れ具合がやばかったのかも。けれど、詳細を尋ねる気も時間もない。

作品名:正常な世界にて 作家名:やまさん