正常な世界にて
【第21章】
いつの間にか、テレビの首相演説は終わっていた。今はノイズ音とともに、砂嵐の映像がひたすら流れているだけだ。録画しておけば良かったと後悔した。
そして、私の背後では、両親が今の演説について、興奮しながら話し合っている。これから生活がどう変わるんだとか、会社は大丈夫なのかとかだ。当然だけど、両親は「リセット」について、詳しくは何も知らない身だ。なので、ひたすら予想を披露し合っているだけだった。
そこで私は、このリセットについて、自分が知っている事を両親に伝えるべきだろうかと考えた。だけどすぐに、それは却下する。説明しても信じてもらえる可能性は低い。信じてもらえたとしても、いろいろと質問攻めにされ、どうして早く言わなかったのかとか文句を言われるだけに違いない……。
私は部屋に戻った。そして、ベッドに仰向けに寝転がり、スマホを操作する。いつもの流れだけど、今はネットサーフィンを満喫できる状況じゃない。まずは、SNSで最新情報の収集だ。
ツイッターアプリを開き、最新のタイムラインに目を通す。ほぼ全ての呟きが、リセット関係だった。地震が起きた際に、地震関係の呟きばかりになるように……。おまけに、動作がすごく重い……。ネット回線が混み合っているんだろうね。
多くの呟きが、この「リセット」に対して疑問を投げかけるか、予測を立てるといったものだった。ただ一部の呟きには、私のように詳しい事情を知っているとしか思えないものも含まれている。おそらく関係者が、思い切って告発しているんだろう。信憑性のある呟きは、すでにリツイートが何度もされているが、今に削除されそうだ。もしかすると、私のように事情通だけど、怖くて今まで黙っていた人かもしれない。とはいえ、その人に直接連絡をする気にはなれなかった。
それよりも私は、最新の情報収集に精を出すことに決めた。「リセット」の事を少々でも知っている私は、現時点で有利だ。なんとかして、この災難を乗り切らねば……。
リセットは、日本だけでなく世界中の国々で発表があったようだ。どの国も人々は大混乱に陥っているらしく、ネット上の動きが、それを騒々しく物語る。
ツイッターのタイムラインには、最新情報だけでなく、信じられないような動画や写真が次々に流れていた。それは海外での物だけでなく、日本での物も多く含まれている。
盛大に燃え盛る工業地帯。住宅街に墜落した航空機。無政府状態に陥り、略奪や暴力が横行する繁華街。群衆を踏み潰していく戦車隊。収容施設からの集団脱走。
どれも実際の日本ではなく、海外か映画の中で起きている事だと信じたい。だけど、そのうちの何割かは、今現在のこの日本で起きている事のようだ……。私は確かに、チェーンソー男に追いかけられたり、街中で狙撃されたりといった非日常に、何度も遭遇している。
しかし、そんな今の私でも、スマホの小さな画面に映る動画や写真を前にして、「この日本で起きるわけがない」とつい考えてしまうのだ……。