正常な世界にて
ある日の休日に気がついたことだけど、街中から人々の姿がゴソッと消えていた。坂本君に聞くと、「そうかもね。行列に並ばずに済むからいいじゃないか」という返事が返ってきた。
強制収容の関係で、どれほどの人々が世間から消え去ったのかは、公表もされていないからわからない。でも確かに、ゴソッと人々が消えているのだ……。
不気味な雰囲気が、栄を支配していた。道路を走る車も少ないので、交通安全にはなっているかな?
テレビも独特な雰囲気に満ちていた。毒気の無い内容の放送がダラダラと流れ、物騒なニュースが淡々と報じられるのだ。さらに、多様性を根拠に、IQ検査や強制収容を正当化するプロパガンダ放送がしょっちゅうに流れる……。もはやテレビは、時報のためだけにあるね。
IQ検査の話に戻る。私の両親も、当然IQ検査を受けた。幸いなことに結果は、「ギリギリ発達障害者」というもので、強制収容所送りは回避されたのだ。しかし、両親はこの結果が気に入らないらしく、ひっそり愚痴をこぼしていた……。変なプライドが、発達障害をまだ毛嫌いしているらしい。娘の私が、発達障害者なのにね……。両親の理解はまだまだ先になりそうだ。
高山さんが関係する組織が、どれほどのものなのかは、さっぱりわからない。彼女に協力する姿勢をずっと続けていれば、何らかの情報を得られるかもしれないけど、それを見透かされそうで怖いのだ……。強制収容所の件とか、闇が浅い感じの質問に答えてもらうのがせいぜいだね。
ただ、彼女の組織は、完全無欠の存在ではないらしく、不手際も起こしているらしい。
『愛知県日進市にある矯正収容所にて、集団脱走が発生しました。不審な人物を見かけた方は、お近くの警察や第二十一特別支援隊までご連絡ください』
脱走のニュースが時々流れる。愛知県内で起きたときは、深夜までサイレンの音がうるさかった。特別支援隊の兵士たちが、まるで暴走しているかのように、道を走り回るものだから、ぶつかりそうで怖い。
街中でいきなり警官に、脱走者に間違われたことがある。障害者手帳を見せ、すぐに誤解は解けた。しかし、そのときの警官の捨てセリフは「わかりにくいから、ヘルプマークを着けろ」だった……。
役所で、ICチップ付きのヘルプマーク腕章を無料配布しているそうだけど、どうもそれには抵抗感がある。坂本君も抵抗感があるそうで着けていない。