正常な世界にて
【第15章】
十一月中旬のある朝。自宅のリビングにあるテレビは、アメリカ大統領選の結果と反応をひたすら伝え続けていた。NHKはもちろん、民放もそのニュース一色で染まりきっている。もし日本のどこかで殺人事件か何かが起こっても、サラッとしか伝えてくれないだろうね。
『……アメリカの次期大統領と確定したパットン氏は、勝利宣言の中で、人類の未来に関わることを、最後までやり抜くと強く誓いました。そして、それには世界中すべての国々による協力が不可欠で、アメリカがそれを率いていかなけばならないと主張しました』
そこまで聴いたところで、遅刻せずに高校の教室に着くための時刻が迫っていることに気づいた。それを知った私は、ごちそうさまも言わずに、リビングから自室へと舞い戻る。母がなんか文句を言ってきたけど、それどころじゃない!
パニックのように大急ぎで、カバンに弁当やらを詰め込み私。これはほぼ毎朝のことだから、たいしたハプニングではない。……たぶん今日も、何か忘れ物をしてしまいそうだ。
駅から高校への道を走る私。顔や首にぶつかる冷え切った空気が、本格的な冬がもう到着間近だと、乱暴に告げてくれる。明日からは、マフラーを巻いてこよう。
そして、ギリギリセーフになるいつもの時刻に、校門を通ることができた。校門での挨拶運動係の生徒たちは、もう教室に戻ってしまっている状況だ。校門を閉める生徒指導部の男の先生が、呆れ顔で私を見送ってくれた。
教室がある校舎に入る前に、別の校舎の1階にある職員室のほうをチラ見してみる。幸い、うちの担任は自分のデスクにまだ座っていた。つまり、遅刻はとりあえず避けられたというわけだね。階段を上る足取りが、自然と穏やかになる。
「おはよっ!」
階段を駆け上がってきた坂本君。サッカー部の朝練が終わったばかりらしい。
「今日は昨日より数秒は早いんじゃないか?」
「寒いから早く歩いちゃったのかもね」
そういえば昨日の朝、階段を駆け上がっていく彼を見つけたんだった。運動部の朝練なら、先生が遅刻を見逃してくれるだろうけど、彼は妙に律儀なところがあるからね。
そんな彼に合わせたい意識があるのか、私も最近は遅刻はせずにすんでいる。この調子がずっと続いてくれればいいな……。