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夫の顔

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出てきたタヤマくんはパーカーにジーンズで、会社のスーツ姿とはイメージが違う。こういうのも似合うんだ。ノジマくんはテレビの前でゲームをしていた。なんだそれ。
「ノジマくん、どう?」
「あ、部長! 僕、ちょっと元気になりました」
あっそ。そりゃよかった。
「お姉さんが迎えにきてくれるのね?」
「はい。タヤマさんが電話してくれたんです」
あ、そうなんだ。結構優しいじゃん。
「部長、コーヒーでも淹れましょうか」
「ああ、いい。おなかいっぱいで」
 しばらくすると、ノジマくんのお姉さんが迎えに来た。
「サクラと申します」
この名刺も何枚ばら撒いたんだろう。そして何枚ゴミ箱に捨てられたんだろう。
「じゃあ、ノジマくん、ゆっくり休んでね。仕事はみんなでカバーするから、心配しないで」
「はい。部長……ありがとうございました。あ、握手してください」
握手ね。それくらい、いくらでもしてあげるから。
「じゃあ、お姉さん、よろしくお願いします」
私はタヤマくんと、お姉さんとそのご主人とノジマくんを見送った。
「ほんと、助かったわ、タヤマくん」
「……部長、ちょっとよろしいですか」
タヤマくんは部屋へ戻っていく。時間は十時四十五分。もう眠い……でも、部下が話したいって言ってるんだから、聞かないと。
 なんかほっとしたらお酒が回ってきた。うう、ちょっと気分が悪い。
「タヤマくん、ごめん、お水もらえる?」
ソファに座ると、ちょっと目眩がした。タヤマくんはミネラルウオーターを出してくれて、床に座った。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。で、何? 悩み事?」
「いえ、そうじゃないです」
なんだろう。なんか言い辛そうだけど。
「人事のカワノから聞いたんですけど、異動の話が出てるらしいです」
「誰に?」
「部長にです」
え! 私? こんなに会社に貢献して、部下を育てて、クライエントを持ってて、優秀な私に?
「ど、どこに」
「子会社の支店長です」
それって、栄転ってことだよね。
「そう、なんだ……」
「もし、そうなったら、行きますか」
「ええ、まあ、東京なら」
「そうですか。そうですよね。部長は出世命ですもんね」
何、その言い方。私は部下のことも考えてるじゃん。
「……今日は指輪してるんですね」
「パーティでね、夫の付き添いで出てたの」
なんか、気まずいなあ。この雰囲気……
「部長、もし部長がいなくなったら、辞めるつもりです」
「え? どうして? 私がいなくなったら、タヤマくん、部長になるよ」
「出世とか、あんまり興味ないんで。俺、尊敬できる人の下で働きたいんですよ」
「タヤマくんは、上に立てる人だよ。自信持って」
「部長みたいに、自分を殺してまで、部下や会社のために働けません」
自分を殺して? どういう意味? 私は自分の意思でこうしてるだけだよ。
「私は別に……」
「部長は仕事もできるし、部下思いだし、すばらしい上司だと思います。みんな部長のこと尊敬してます」
そうでしょうね。だって私はすばらしい部長だから。
「どうして、ノジマの両親に迎えに来てもらわなかったんですか」
「どうしてって……思いつかなかったのよ。送っていかないとって思い込んじゃって」
「そうでしょう。部長はね、全部自分で背負っちゃうんですよ。仕事も、トラブルも、なんでもかんでも」
「それが『上司』でしょ」
「俺は無理なんです。そういうのが」
「タヤマくんは無理しなくていいと思う」
あれ? なんか私言ってることおかしい?
「上司になったらそうしないとダメなんでしょう?」
そうしないとって思ってたけど……だって、わかりやすいよね、『いい上司』として……わかりやすい? 『いい上司』って思われたいだけ?
「そんなに優しくなくていいんですよ」
知らない間に、泣いてしまっていたらしい。タヤマくんが、ティッシュを出してくれた。
「好きなんです、俺」
「え?」
「部長のこと」
一日に二回も告白されるなんて……四十になってもこんな奇跡が起こるのね。
「タヤマくん……」
「ダンナさんと、うまくいってないんですよね」
「そんなこと、ないよ」
「社内で噂ですよ」
「そんなの、噂だよ」
噂……そんな噂があるんだ……なんか、カッコわる……
「部長」
 男の人に抱きしめられるなんて、何年ぶりだろう。そして、キスなんて……忘れてた。
「もうね、何年も、ほとんど口もきいてない」
こんなこと、初めて言った。人前でこんなに泣くのも、初めてかもしれない。
「俺に、何かできますか」

 タヤマくんの唇がまた私の唇に重なって、私は目を閉じた。閉じたけど、ケイタの顔が浮かんできた。ケイタと最後にキスしたのはいつだろう。もう覚えてない。
ケイタは他の女とキスしてるのかな。こうやって、他の女と。
タヤマくんの手が、私のブラウスのボタンを外す。
ケイタも、誰かのブラウスのボタンを外すのかな。
なんで? なんでケイタのことしか考えないの? もう終わってるのに。私達は、もう終わってるのに。
「タヤマくん、ごめん」
タヤマくんは、ゆっくり私から離れて、ブラウスのボタンを留めてくれた。
「送ります」
会社にいる時みたいに、タヤマくんはクールに運転して、クールに私を家まで送ってくれた。
「おつかれさまでした」
クールにそういって、タヤマくんの車は帰っていった。
 当たり前だけど、リビングには誰もいなくて、真っ暗で、寒くて、私はフロアランプだけをつけてエアコンをつけた。気温は十二度。時間は零時三十分。なんとなく眠りたくなくて、ソファに座ってテレビをつけた。
ぼーっとテレビを眺めていたら、夫がリビングへ入ってきた。
「遅かったな」
「うん」
どうやら水を取りに来たみたい。からっぽの冷蔵庫を見て、面倒そう言った。
「水、ない」
「そう、買っとく」
部屋に戻るのかと思ったら、ソファに座ったので、びっくりした。
「マスミ」
「何?」
「離婚しようか」
突然……でも、その言葉、もう何年も待ってた。やっと……言ってくれたね。
「うん」
「悪かった」
「え?」
「金で、幸せにできると思ってた。だってお前は、俺の金に惚れてたから」
そんな……
「だから俺も、お前の容姿を変えようと思った」
「変えたよ。ケイタの好きな女になるように」
「花火に誘ったこと、覚えてるか」
「隅田川?」
「そう」
「未だに、なんで私が誘われたのかわかんない」
「好きだったから」
何言ってるの? あの頃の私は、田舎臭い、地味で、貧乏丸出しの女だったよ?
「でもお前は、俺の金しか見てくれなかった。それでも、よかったんだよ。お前を手に入れられるなら」
そんなこと……今更言わないで……なんで今更……
「イケてる女になれっていったじゃん」
「悔しかったんだよ。ガキだったのかな。それが、お前を追い詰めてたこと、全然気づかなかった」
もう、やめて……それ以上聞きたくない……
「妊娠も、嘘だってわかってたよ。でも、もしかしたらホントかもって、そう思った。だから、流産したって言われたとき、ああ、やっぱりって……やっぱり、お前は、金なんだなって……」
あの時の涙は……そういう意味だったんだ……本当に、傷つけたんだね、私。本当に、バカだった。もう、死にたい。ごめんなさい、ケイタ。
作品名:夫の顔 作家名:葉月 麗