卒業
ボクの表情を覗き見るように体を捻り ボクを見るキミの目が 何か言わんとしているかのようだ。(いけない… 心配させてしまったかな)ボクは、抱きしめた腕に もう一度、力を込めた。
「うにゃ」
キミの眼が夜中の猫のようにきらりと煌めいたかと思ったら、目元を細め、下唇を僅かに噛んだキミのはにかんだ笑顔に変わった。
「卒業式の後の謝恩会に いっしょに来て欲しいの」
「通信でも そういうのがあるんだ」
「本当は、お友だち同士でするだけなの… みんな同伴にしようって」
「そっか。でもみんなの同伴者って 若いんだろうな」
「きっと 大丈夫。だって いろんな人いるから」
「わかった。予定がわかったら教えてくれれば調整するよ」
よかった、とキミが微笑んだ。いつになっても この魔力は有効だ。
ボクは、いつまでも今の自分から卒業できないように思えた。
卒業は、新しいものへ向かう儀式のようだ。
ボクは、キミから移るものなど考えたこともないだろう。うん、ない。
「あ、お邪魔にゃん」
「いいよ、もう少し」
ボクは、膝に座らせ キミの背を胸に抱きしめた。
「ほっかにゃん」
「ほっかな」
あれ、可笑しかったかな? キミの背中が震えたような気がした。
気にするものか。今は このまま抱きしめていたいから気にしない。
「卒業 おめでとう」
こくりと頷くキミの髪が ボクの鼻先をくすぐった。
「あのね」
「なに?」
「雪」
窓から外を眺めると 牡丹雪が舞い降りている。まっしろなふわふわとした雪。
あの時の雪とは違うね。もう淋しくないだろ。これからもずっと…
キミが あの時の気持ちから卒業できたように思えた。
悲しみも 寂しさも この雪で卒業しよう。
手袋を外したキミの手にそっと手を置き、そこに添えた想いは同じだと信じたい。
万年筆のキャップをはめて 原稿用紙の上に置いたボクが居る。
原稿用紙に書いた『卒業』の文字を残して 雪が舞う街へキミと出かけようか。
ただそれだけなのに……。
― 了 ―