しらない子
7,しらない子
卒業してから一度も小学校を訪ねたことがないまま、二十数年たちました。今、ゆみは小学校四年生の男の子のお母さんになっています。
夏も近いある日。久しぶりの同窓会が開かれました。ゆみはひとりで羽を伸ばそうと思っていたのですが、あいにく夫の都合が悪くて子連れで行くことになりました。会場は校舎の裏にできた体育館です。
「お母さん。ぼく、いやだよ。はずかしい」
息子のゆうきは中へはいるのをいやがっています。
「じゃあ、この辺で遊んでて。お腹すいたら言ってね」
「うん」
ゆみはゆうきをひとり残し、中へ入っていきました。
なつかしい顔がそろっています。裕太は先生になり、俊介はお父さんのあとを継いで住職です。はるかや久美子もそれぞれお母さんになって幸せそうです。
二十数年の時を一気に引き戻したようにあの頃の思いがこみ上げてきました。
「ゆみ。お子さん大丈夫?」
思い出話に花を咲かせているうちに、すっかりゆうきのことを忘れていました。
ゆみは外へ出ると、ゆうきを呼びました。
「ゆうき」
すると、体育館の裏からゆうきがでてきました。
「どうしたの? そんなところで」
「あの子と遊んでたんだ」
見ると、ゆうきと同じくらいの子どもが草むらに立っています。
「だれ?」
「知らない子」
けれどゆみにはその笑顔が無性になつかしく思えました。
「あの子、お母さんのこと知ってるって。これ、返してって頼まれたよ」
それを見て、ゆみは声も出ないほど驚きました。古ぼけて色もはげてしまっていますが、間違いなくゆみの赤いまりです。
「あ、それとね。ありがとう、だって」
ゆみの目から涙があふれました。もう一度少年の方を見ると、そこに姿はなく、黒々とした杉木立を背にして、一本だけ柿の木が立っていました。
そうです。そこはあの日俊介が種を捨てた場所だったのです。
今、柿は見事な木になって淡いクリーム色のかわいい花を満開に咲かせています。
ゆみはそっと幹に触れてみました。その時、どこからともなく少年の声が聞こえてきました。
──君が忘れなかったら、きっとまた会えるよ──
さわやかな初夏の風にゆれて、柿の花がゆみの肩にぽろぽろとこぼれ落ちました。