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冬空からの贈り物

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「全然……重くないなって……」

 どこか泣いているように思えた。

「その手に持った紙は本当に軽くて、あたしの思い出なんかちっとも詰まってなかったんだよ……」

 風がひゅるりと吹いて、彼女の前髪を揺らしていた。
 俺はそんな彼女を黙って見つめていた。
 少しずつ何かがつながっていくような気がした。彼女が今まで何を抱えていたのか、何を抱えて生きようとしているのか。

「だから……だからさもう失いたくないんだよ。あたしはね、今の時間を精一杯楽しむんだ。楽しい事も悲しい事も全部楽しむの。だってそれはただ外から眺めているだけでは出来ない事だから。どんな結果になってもいい、脇役でもいい、自分の舞台にちゃんと立っていたいんだ」

 彼女はそう言って、とびきりの笑顔を俺に見せていた。
 ……自分がちっぽけに思えた。
 情けなくて、惨めで、自分が考えていた事なんてただの弱音ばかりで。
 最初から何もかもあきらめて、傷つく事から逃げ続けている俺には、彼女の言う何もない怖さなんてこれっぽっちも理解できなかったんだ。それなのに自分は違うんだって周りを見下して、いい気になって、一番格好悪いのは俺じゃないか。
 ……本当はわかっていた、そんな自分の弱さも、情けなさも全部。けれどそれを受け止めてしまったら何もかも崩れさってしまうんじゃないかって、もう自分が自分でいられなくなってしまうんじゃないかって、それが怖くて怖くて仕方がなかった……
 だから帰りの道中も後ろでずっと黙ったままの彼女に対して、俺は何も声をかけられなかった。
 自分の自宅付近に辿り着いた彼女はよっとチャリから下りて、

「今日はほんとにありがと。また……また会おうね!」

 と言葉を残していた。一歩、また一歩とアスファルトを踏みしめて前に進みながら。
 その小柄で触れたら壊れてしまうんじゃないかという後ろ姿が、どこまでも強くて、どこまでも芯があるように思えた。
 もし今日、自分が日雇いバイトをしていなかったら?
 もし今日、彼女と出会っていなかったら?
 そう考えると胸の中がもやもやして、俺に良い言葉なんてかけられる訳ないけど、何も意味なんてないのかもしれないけれど、遠ざかって行く彼女に向かって何かを自分の心に刻み付けるみたいに、

「あの……俺、田宮涼介!」

 とだけ言っていた。そして、

「……あたしは宮沢弥生だよ」

 振り返った彼女はそう言い、俺は再び遠ざかって小さくなってく姿をいつまでも眺めていた。


 時計を見るともう十二時を回っていた。
 時間が過ぎる、日が変わる、それは今日という日がもう二度と戻って来ない、リセットされてしまったという事実だった。
 宮沢弥生……変わった女の子だった。俺とはまるで正反対のように思えた。
 俺の頭の中でぐるぐると回り続けていた言葉。

「何かを真剣にやってきた事はあったのだろうか?」

「壁にぶちあたった事はあったのだろうか?」

 彼女はそれがしたくても出来なかった。俺みたいに臆病になって最初から逃げたりはしなかった。むしろそれに立ち向かっていた。そんな彼女は格好悪いだろうか? 俺に彼女を否定する事なんてできるのだろうか?
 いいや、そんな事できるわけない。彼女は彼女の道を歩いてるんだ。
 ……彼女の? じゃあ俺にとっての道とは一体なんだ? 
 …………俺は強くなりたい。
 男だとか女だとかそんなの関係なく、一人の人間として彼女のように強くなりたい。
 そんな事が俺にもできるだろうか? 今の自分の殻を破って、変われる事ができるんだろうか?
 何かに一生懸命になって、向き合って、良い事も悪い事も全部自分で受け止める。それは他の誰でもない自分の責任だ。
 今はまだわからない、こんな臆病な自分がすぐに変わるという保証なんてない。
 けれど一つだけ確かな事がある。
 俺は鞄の中から今日もらった封筒を取り出していた。
 中途半端だったかもしれない、上手く行かなかったかもしれない、けれどこの手には確かにずっしりとのしかかる重さが存在している。
 今日自分が体験した事、感じた事、そして彼女との出会いに対する重さが。
 クリスマスは誰でも平等に贈り物を貰える日。
 彼女が帰って行った方向とは逆の道を進みながら、俺は自分のちっぽけさと今日という日にもらった贈り物の重さを一人噛み締めていた。



作品名:冬空からの贈り物 作家名:雛森 奏