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連載小説「六連星(むつらぼし)」第61話~65話

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 「3月11日の朝。
 いつものように仕事へいくために、私たちは別れました。
 朝の挨拶を交わしたあと、私は家を出ました。
 毎日やってくる、まったく同じ朝だったのに、突然の別れが
 やって来たのです。
 私は福島第一原発の作業現場で、地震に襲われました。
 地震のあと、大きな津波がやってくると言うので、免新棟へ避難しました。
 やってきたのは、想定をはるかに上回る巨大な津波です。
 海沿いに有った私たちの住居も、あの人の居酒屋もあっというまに
 波に呑まれて、全てがれきになってしまいました。
 あの人は・・・・津波に呑まれたまま、あれから一年以上が経つと言うのに、
 いまだに、消息が解りません」

 口元へ缶コーヒーを運んだまま、響が凍りつく。

 
 「こんな取り柄のない男の、どこが良かったというのでしょう。
 あの人は甲斐がしく動いて、私に尽くしてくれました。
 しかしそんなあの人は、私が感謝の気持ちを伝える前に、この世から
 姿を消してしまいました。
 それも、あっという間の大津波のために・・・
 津波に呑まれて行方不明になった人たちは、数千人もいるのです。
 あの人も、その中の一人になってしまいました。
 彼女が日頃から大切にして、もっとも愛用していた2部式の着物は、
 この桐生で買い求めたそうです。
 旅行で訪れた折りに、気にいって買い求めたのがはじまりです。
 それ以降、2部式の着物が彼女の仕事着となりました。
 普段着としても気に入っていたようです。
 彼女への供養と思い、何故か、そこを訪れてみたくなりました」


 「辛くないのですか。
 行けばかえって、その人を思い出すような場所になるかもしれません」

 「私の命がもっと長く持つのであれば、そこへ行くのはつらいでしょう。
 でももう、長くは有りません。
 あの人が、この桐生へ来て、織物会館へ寄り、何を見て感動したのか、
 なぜ日常まで、2部式の着物を着てすごすようになったのか、
 そんなことを知りたくなりました。
 あの世に逝ったら、見てきたよ、お前さんの原点を、
 と報告したいと思います」

 「山本さん・・・・」

 「大丈夫です。自分の病気のことは、すべて知っていますから。
 響さん。元気なうちに、この足で行って見たいのです。
 お手数をかけますが、もうすこし私と付き合ってください。
 あ、そこへ行く途中に甲子園大会で優勝をした
 桐生第一高校があるそうですね。
 これは今朝。トシさんから教えてもらったプチ情報なんですが・・・・」

 (あ。この人はもう、朝から行くつもりでいたんだわ・・・・)

 「解りました。行きましょう。
 桐生第一高校は、桐ヶ丘女子高等学校と呼ばれていました。
 お母さんたちの時代は、お嬢さんたちが通う学校として有名だったそうです。
 母もこの学校の二本線が入ったセーラー服が大好きで、
 随分あこがれたそうです。
 母は進学をあきらめて、15歳で花柳界に入ってしまいました。
 セーラー服は夢と消えて、和服ばかりの毎日になってしまったようです。
 山本さんは、野球がお好きですか」


 「高校球児の夢といえば、甲子園球場ですからねぇ。
 甲子園への夢はもっとず~と前の、野球をはじめたガキの
 時代から始まります。
 小学生のころから子供たちは甲子園球場にあこがれ、プ
 ロ野球の選手を夢に見ます。
 私も、高校3年の夏までは高校球児でした。
 しかし3年の夏。県予選の3回戦で負けたことで、全てが終わりました。
 お母さんがセーラー服をあきらめたころよりも、もっともっと、
 ずう~と昔の話ですが・・・・」

 さてそれでは行きましょうか・・・・と山本が立ちあがる。



 (注釈)桐生市は、古くから高校野球の盛んな土地柄。
1989年に設立された桐生第一高等学校野球部は、福田治男監督の指導の下で
1999年の第81回全国高等学校野球選手権大会で、正田投手を擁して
甲子園優勝を果たす。
ちなみに群馬県勢として、長年の念願でもあった甲子園大会での初優勝。


(66)へつづく