疲れた三面鏡
真昼間だが、太陽の角度の関係か、この館には妙にひんやりした空気が漂っている。静かだ。
其処の真っ白な戸を開けると、私はいつもため息が出る。
その原因は三つある。
一つ目は、日に日にひどくなっていく室内。
二つ目は、隠すに隠せない男の臭い。
そして三つ目――我が姫君が、布団を頭からひっ被っているということ。
「姫」
声をかけると、布団の膨らみがびくりと震えた。
怯えさせないようにゆっくり布団をめくりあげれば、青ざめた顔の少女と眼が合う。
「大丈夫? お風呂はまだ? まだなら一緒に行こうね」
こくりと頷くと、彼女はのろのろとベッドから這い出した。
皺だらけの夜着はただ羽織っているだけで、血らしき赤茶色の斑点があちこちに広がっている。
私は眼を逸らして彼女の夜着を整えた。
(ひきょうだ)
(ごめんなさい)
優しくしているようで、慰めているようで。実際は、何の役にも立っていない。
こんなので、本当に彼女を癒せるわけがない。そんなことは最初から分かっているし、知っている。
でも他に何も出来ないんだ。せめて、これだけでも。
「……う、」
姫が突然口元を抑えて座り込んだ。彼女は、十三日の翌日は大体吐いてしまう。
水差しを差し出すと、震える手でそれを受け取り、飲み干す。どうやら吐き気は少し治まったらしい。
私は彼女のつめたい身体を暖めようと、背中をさすった。
「……しにたい」
ポツリと呟く彼女。涙の跡はあったけれど、その眼自体は乾いていた。
私はゆっくり壊れていく姫をぎゅっと抱き締める(ようで、実際には縋りついている)。
「そんなこと言っちゃ駄目」
腕の中にいる少女の身体は、冷たい。自分が想像していたより、ずっとずっとずうっと細かった。
自分よりしっかりしていると思っていたから。余計に。
愚鈍で馬鹿な私――彼女だってひとりの女であるというのに!
こんなに怯えて、こんなに弱くなってしまうまで、気付かなかった。気付け、なかった。
私も、彼女も、外も中も、全てが、もう限界だろう。
(たすけてとさけべばいいのに)
(プライドをきずつけるくらいなら、きみはしぬというの?)
私には出来ない。彼女のプライドを守ることも、彼女を助けることさえも。
この、一時の慰めすら、
(なんのいみもない)
結局、気持ちを伝えることはできなかった。それが心の深い場所に澱のように溜まり、そして渦巻いている。
彼女を蕗の薹に例えるならば、今置かれた立場は真冬なのだろう。本格的な春を告げる先立ちである蕗の薹は深い雪の中で、寒さの中で耐えながら春を待って居る。耐えなければならないのだ耐えろと自身の心に叱咤をしてどうにか堪えながら日々を過ごしているが、彼女は色んなものを喪ってしまっていた。