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中途半端なピエロ

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 トキオが妻と別れたいのは、ハルミが好きでできるなら一緒になりたいという理由ではない。それよりも妻に対する疑惑、つまり、二十年前、他の男とセックスして、その男の子を産んだのではないかという疑惑を拭いきれなかったためである。
「ひどい! それ自体が私と子供に対する侮辱だということを分かっていない」
「だが、成長するにつれ、俺と違う顔になっていく。顔だけでない体型も、性格も、何もかもだ。だが、そんな話はもうどうでもいい。お前は自由に生きろ。俺も自由に生きる」
「分かったわ。でも、あなたにどんな自由があるというの。自分の歳を考えなさい。でも、一番の悪いところは、あなたは、ぬるま湯の中でしか生きられない中途半端な人間よ。ハルミとかいう若い女にいつか捨てられるわよ」と妻は誇らしげに笑った。  
 長い結婚生活は終わった。

離婚して数か月が過ぎた。もう春がそこまで来ていた。 
突然、ハルミが、「同棲を始めるかもしれない」と告白した。
一歩、彼女の世界に踏み込めば、何かが変わることは、トキオ自身も分かっていた。だが、踏み込めなかった。
「そうか」と一言呟いただけだった。
 なぜ、そう呟いたか? トキオ自身も分からなかったが、妙に心が安らいでいた。  
ハルミはもっと別の展開を期待していた。「どんな男だ?」とか詰問されたり、怒鳴られたり、殴られたり、抱きしめたり……だが、たった一言呟いただけ。それに同棲するような相手はいなかった。

いろんなことを夢見たのに、それらが全て消えた。
「もう終わりね」とハルミは呟き、トキオの前から消えた。
 トキオは独りぼっちになってしまった。そうなることを分かっていた。たぶん、妻と離婚したときから。

作品名:中途半端なピエロ 作家名:楡井英夫