ステファニー・キーツの死(後編)
そこへ、少女の怒鳴り声を聞きつけたらしいカフカ神父が姿を見せた。
フォースの顔に安堵の色が広がる。
「ああ、良かったよ、カフカ。この人、なんとかしてくれよ。うるさくてしょうがないんだ」
「………」
カフカ神父は少女の顔を見た。
少女もカフカ神父の顔を見つめる。と、途端に、蕩けるような表情を見せた。
思わず、カフカ神父の美しい面に苦い笑みが浮かぶ。
「貴方は確か、ステファニーさんのお家の前で会った……」
「オリビア・ロバーツです、神父様」
先ほどとは打って変わった少女―――オリビアのまるで甘えたような調子の声に、フォースは、ケッ、という言葉を吐き出した。フォースはまだ10歳の子供に過ぎないが、自分はもう十分すぎるくらいの大人の男だという自負がある。それなのに、少しばかりか―――少しどころではないが―――顔がいいからといって態度が変わる女たちも、それをまともな表情で受け取るカフカ神父のこともいい大人だとは思えなかった。
「そいつ、ゲイだぜ。男が好きなんだ」
「えっ!?」
フォースの言葉に、オリビアは戸惑い気味にカフカ神父の秀麗な顔を見上げてくる。
「変なことを言うもんじゃありませんよ、フォース。私は別に殿方が好きだというわけではありませんから」
「そうかあ?んじゃあ、あのクソ馬鹿刑事はどうなんだよ」
「あの人は特別なんです」
「へえ、そうかい、そうかい」
首を竦めてみせるフォースに部屋に戻っているように言うと、カフカ神父はオリビアに椅子に腰かけるように手で示した。
オリビアは椅子に腰を下ろす。向かい合わせになるような形で、カフカ神父も椅子に座った。
「よく、私の教会が判りましたね」
オリビアのうっとりとした目つきで見つめるのを制するかのように、カフカ神父が口を開いた。
「愛のなせる技です、神父様」
「………」
カフカ神父は小さな溜息を吐く。
「オリビアさん、貴方一体ここに何をしにこられたのですか?私を口説きにきたわけではないんでしょう?もしかして、ボブ・サムソン君の件でですか?」
「………」
オリビアの顔色が変わった。カフカ神父の言葉が的を射たのだ。オリビアは助けを求めるような顔で、カフカ神父を見た。
「し、神父様、ボ、ボブは自殺なんかじゃないわ」
「では、何だと言うのです?」
カフカ神父の声には、全く驚いた様子が感じられなかった。まるで、オリビアがそう言い出すのを知っていたかのようだった。しかし、今のオリビアにはそんなことを気にしている余裕はなかった。カフカ神父の男にしては細い身体に強くしがみ付く。
「ボ、ボブは殺されたのよ!ステファニーと同じように、アレイシアの手によって!これは、彼女の復讐なんだわっ!」
すがり付いてくるオリビアの手を、すげなく払いのける。オリビアの目が驚きの色に染め上げられる。
「し、神父様。神父様は私を助けてはくれないのですか?私もステファニーやボブと同じように、アレイシアに殺されればいい、と思っているのですか?」
「―――貴方が、アレイシアさんがステファニーさんとボブ君を殺した、と思う根拠は何処にあるのですか?アレイシアさんの復讐だ、と思う根拠は何なのですか?」
「そ、それは……っ!」
オリビアの両目が大きく見開かれた。
暫く立って、うな垂れるように俯く。
「貴方がそのことを言わない限り、私は貴方を助けるつもりはありません」
「ど、どうして!貴方は神父様でしょう!困っている人を助けるのが義務じゃない」
オリビアは勢いよく立ち上がった。怒りのせいか、それとも復讐を恐れているからなのか、身体がブルブルと震えている。
そんなオリビアを、カフカ神父は何の感情も浮かんでいない紅茶色の瞳で、じっと見やった。
「貴方のような嘘つきを私には助ける義務はありません。嘘つきは、大嫌いですしね。それでも、助けて欲しいと言うのなら、本当のことを言いなさい。神の前で嘘をつくのは、それだけで十分罪になりますよ」
「………」
まだ興奮が冷めやらないのか、ギラギラとした目でオリビアはカフカ神父を睨みつけてきていた。
冷たい視線が返される。
その視線のあまりの冷たさ故にか、耐え切れなくなったオリビアは頭を抱え込みながら、その場にしゃがみこんでしまった。
カフカ神父の目から冷たさかが跡形もなく消えていく。
「そう。神父さまの言う通り、私は嘘をついていました。ステファニーがアレイシアを自殺に追いやったというのは嘘です。あれは、私が全て1人でやったこと。ステファニーは何もしていない。あの子がとんでもないくらいに悪い子だったというのも嘘です。あの子は心から本当に優しくて、友だち思いだった。そんな子が、親友を自殺に追いやるようなこと、出来るわけがない。そうでしょう、神父様」
「………」
カフカ神父は返事をしない。また、オリビアも返事を期待していたわけではなかった。
「私、前に言いましたよね、ボブとアレイシアは付き合っていたって。私は同じジュニアハイだったから、ボブとは昔からの知り合いだったんだけど、同じアパートメントに住んでるとはいえ階が違えば滅多に会うことなどない。あそこのアパートメントは部屋数も多いし、住んでる人の人数も数え切れないほどだから。ステファニーとボブもそんな関係でした。そんな2人を出会わせたのは、アレイシア自身でした。多分、学校で一番人気のある男子をボーイフレンドにすることが出来て、友だちに自慢したかったんでしょうね。でも、それがいけなかったんです。そんなことをしなければ、ステファニーとボブはひと目で恋に落ちてしまうことはなかったんだから。そのことは、傍目から見ても一目瞭然のことでした。まあ、誰の目から見てもステファニーは素敵な子だったもの……。ステファニーがボブのようなタイプを好きになってしまうとは思わなかったけれど。人気はあったけれど、ボブのような男は、ステファニーには相応しい男じゃなかったから。勿論、真面目一徹のアレイシアにもそれは言えることだけど……って、話が脱線してしまいましたね。それからしばらくして、私、ステファニーから相談を受けたんです。ボブを好きになってしまったんだけど、どうしたらいいか、とね」
オリビアはここで1度口を閉じた。長い間話をしていて喉が渇くのか、唾を飲み込む。
そこへ、丁度いい具合によく冷えたアイスコーヒーをフォースが運んできた。フォースにしては気の利く行為だ。いや、もしかしたら、出かけていたらしいセリーナが戻ってきて、フォースに運ぶように言ってくれたのかもしれない。
グラスを受け取ると、オリビアはコーヒーを一気に喉に流し込む。余程喉が渇いていたのか。あれほど続けざまに話していたから、当然のこととも言えたが。
カフカ神父はグラスを受け取ったものの飲みはせず、ただコーヒーの中に浮かんでいる氷を見つめている。彼は、コーヒーがあまり好きではないのだ。彼が好んで飲むのは、アールグレイの紅茶が主だった。カフカ神父は受け取ったはずのグラスを傍らにそっと置いた。
作品名:ステファニー・キーツの死(後編) 作家名:かいや