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Tomorrow Never Knows

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平静を装いすぎて、ロボットのような口調になってしまっていることを自覚していた。だがそんなことは構わず、わたしはある待ち合わせ場所を告げた。
「わたしが彼女を呼び出しておくから、岩井はそこで待っていればいい」


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電話してよかった。

心からそう思う。
高井はあれから再就職も上手くいって、きっと幸せな家庭を築いたんだろう。彼を切るのは、ほんとうにつらかった。“示しがつかない”この言葉だけをひたすら念じて、文字通り鬼になったんだ当時のオレは。
親友を捨てることで自ら背負ったつもりだった十字架がいかに愚かなものだったか、身に染みて分かった。当時のオレは結局、自分のことだけしか考えていなかったのだ。自分もつらい想いを背負うことで彼の溜飲を下げようなどという考えは間違いだった。ただ単純に、高井の幸せを考えてやればよかったのだ。
この件が収まったら彼に土下座して謝る、そして関係を修復しよう。そう心に決めた。

待ち合わせ場所には、約束の30分前に着いていた。彼女に今危険が迫っていること、出来る限り早く知らせなければならない。もし、約束の30分過ぎても彼女が現れなかったとしたら…… なるべく考えないようにしていた。

「ユキオくん?」
振り返る。

目を疑った。

「やっぱりユキオくんだ。あたしだよ! リカ!」
「…… 忘れる訳ないだろ」
忘れる訳がない。小中高といっしょだった幼馴染のリカだ。
小学校の頃から、オレと高井とリカはいつも三人でつるんでいた。中学に上がった頃には、男の子とばかり遊んでいたリカも女らしい雰囲気を帯びてくる。高井にも打ち明けなかったが、オレはその頃からリカが好きだった。高校に入った頃からリカとは疎遠になる。“オトコでもできたんじゃないか”高井と下品な話をしながら、“リカへの想いは別格”と位置付けることで、気持ちの整理をつけた。オレもとりあえず恋人をつくり、“別格の”リカのことは、とりあえず忘れることにした。

次の瞬間、いやな予感がした。まさか、と思った。
「リカ、ケータイはiPhone?」
「違うけど。なに突然」
そう言って折りたたみ式ケータイを取り出してみせた。ホッとした。リカは無関係だ。
「こんなところで何してるの?」
「ちょっと、待ち合わせ」
「ふーん。カノジョ?」
「いや、そういうのじゃないよ全然」
なんとなく“保険をかけている”浅ましい自分は振り返らないことにする。“別格”だった当時と比べたら正直精彩を欠くことは否めないが、それでもオレを色めき立たせるに充分な魅力を放っている。
「ユキオくんは結婚したんだっけ?」
「まだ独身だよ。リカは?」
「あたしはね、まぁ、バツイチ」
リカは初めて目を反らした。どう反応すべきか分からなかったが、いつか観たドラマのワンシーンのような表情を浮かべて黙っていた。
「そういえば、リカもここで待ち合わせ?」
「うん。そうそう。なんかすごい偶然だよね」
そう言って、リカの表情が、急に憂いを帯びる。その“憂いを帯びつつの笑顔”のどこまでが演技でどこまでが本気なのかは分からなかった。
「ねえ、ユキオくんは、運命の出会いって信じる?」
「信じない」
オレは即答した。この出会いだって、たぶん“運命”なんかじゃない。
「もし運命があるとしたら、それは神様とかが運んでくるんじゃなくて、誰かが運んでくるもんなんだと思う」
「誰かって?」
「誰かって、人だよ。知ってる人かもしれないし、知らない人かもしれないし」
運命的な出会い、というものはあると思う。でも、たぶん、この出会いでさえ、お互いの人間関係やその行動を綿密に辿っていけば、ちゃんと理論立てて説明がつくような理由がどこかに潜んでいるはずなのだ。運命的かそうじゃないかの違いは、その理由を明確にできるかできないかだけの違いだと思う。
「ふーん」リカは、関心がないけどあるような返事をした。「じゃあ、高井との出会いは、やっぱり運命じゃなかったのかなぁ」

「…… え?」

オレはどんな表情でリカを見つめていたのだろう。リカのほうが逆に驚き顔だった。

「あれ? 知らなかったの? あたし、高井くんと結婚してたんだけど。まぁ、さっき言った通り、もう別れてるんだけど」

高井とリカは3年前に結婚して、もう2年前から別居中だという。理由は…… 訊かなかった。訊きたくもなかった。リカ自身も話したがらなかった。
高井から婚約したという報告があった当時、彼はなぜか、オレと彼の婚約者を決して会わせてくれようとはしなかった。いつ頼んでみても“今日は都合がつかない”の一点張りだった。それは今思えば、オレのリカに対する想いを知っていたうえでの、高井の思いやりだったのだ。

そして今、全てを悟った。

「リカの待ち合わせ相手は…… ここに呼び出した相手は、高井ってことか」
「うん。まだ正式に離婚した訳じゃないから。何度か会わないといけないの」

彼女は、絶対に、ここには来ない。オレが彼女のiPhoneでカレシのフリなんかしたせいで、彼女は今、危険に晒されている。そんな彼女に危険を報せてやれないことも、高井の悪意のせい…… 元を辿ればオレ自身のせいだ。オレはうつむいたまま、顔を上げることができなくなっていた。
「イマサライッテモショウガナイケド、アタシ、ムカシユキオクンノコトガスキダッタンダヨ」
リカが何を話しているのかさえ理解できないほど、混乱していた。高井がオレに向けた明らかな悪意も、高井がリカと結婚していたことも、不良に殴られて金を取られたことも、それ自体はもう、どうでもよかった。オレが悪かった、その一言で納得もできる。
だが、それらがすべて最悪のタイミングで重なってしまった。神がかり的なタイミングだ。オレを陥れるためだけに用意された絶妙な事象とタイミング。こんな安っぽい小説みたいな展開がありえるか? こんな事態にどんな説明がつけられる?
運命とはこういうことをいうのか、と思った。もしこれが運命だとしたら、なんて酷い運命なんだろう。
オレはその場でうつむいたまま、もう何も待ちたくなくなっていた。


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玄関で、ガチャガチャと鍵を開ける音がした。
「ままだっ!」
わたしの膝でテレビを観ていた息子が、文字通り飛び出していく。
開いたドアの向こうに、彼女はいつものパンツスーツ姿で立っていた。一週間ぶりに見る姿だ。無言のまま、息子の頭を撫でている指先は花柄だった。わたしも後を追う。なるべくゆっくりと。期待に胸躍る物腰は隠し切れているだろうか。まさか、戻ってくるとは思っていなかった。

彼女の唇に、殴られたような傷があった。
「どうしたんだ。その顔」
「まま、どうしたの?」
彼女は軽くため息をつき、無言のままわたしをすり抜けてリビングへ移動した。
「…… まさか、カレシにやられたのか」
彼女に恋人がいることは、付き合う前から承知していた。顔も知っている。金髪で下品な男だ。だが、妻と正式に別れていないわたしに、彼女を咎めることなどできなかった。
作品名:Tomorrow Never Knows 作家名:しもん