ちょいと拝借~とある鬼の場合~
○息、継、暇、無●
「おはようございます万年下働き君。」
「おはようございます、ご来館ありがとうございます。そしてお帰りくださいお願いします。」
「入場料を要求するわ。」
「当方責任も賠償も負いかねます。」
「お金がないなら自腹を切れば良いじゃない。ハラキリハラキリ。」
「不自然なお金を使ったら僕の首が切られます。」
「今日は随分降参が早いみたいね。」
「孫子に曰く勝てない戦はするなと。」
「孔子の遠方より友来るあり、また嬉しからずやの方が合っているのでは?」
「友とは認めておりませ……すいません泣きながら館の防犯ブザー押すのだけはご勘弁下さい。」
この人に口では勝てない、分かっていたことだが。
唯今時間は午前十時を回ったところ。
開館直後の博物館に、客に店員一人づつ。
なかなかやる気のない光景だが仕方ない。
今日の日付は年が明けての三が日、普段ならば僕も安穏寝正月のはずだった。
ところが昨日目の前のこの女性から館長に電話が飛んだ。
曰く、『この博物館に関わりし噂ありけり、されば元旦より館を開けろ』、と。
館長『諾』と答ふる、然れども館長『ただ今ハワイで家族サービスなり』とも答ふ。
そこで館長、惰眠を貪りし部下にぞ電話を飛ばしたる。
『もとより主が仕うまつる案件なり。よきにはからえ』、と。
それ故僕はここにいる。
無論ここにいるのはパートの受付嬢の他、研究員は僕一人。
あまり地位が高くない僕がこの場にいるのにも訳がある。
先ほどの彼女は館長の姪で曲がりなりにも考古学者、僕はどちらかといえばオカルトマニアだとも思っている。
妙齢の女性なのにまったく渋い趣味だ、研究員の僕が言えた話ではないが。
顔は目鼻立ちがくっきりしており、女冒険家といった勇ましさがうかがえるが、無駄に長髪で癖っ毛の為に普段のだらしなさが露呈している。
いつぞやか、結婚のご予定はと聞いたら、冠はともかく婚葬はいっしょくたかしら、と答えていた辺り自分でも自覚しているらしい。
結婚は墓場とでも言うつもりのようだ。
勿論だが詳しい年齢は聞けなかった、聞かなかった、命が危ない。
彼女の発見するものは目を見張るような物も多いのだが、不幸にもその毒舌の為に学会からの受けが良くないらしく、事業家の館長に一旦の保存を頼んだことが事の発端。
……因みに彼女が知らぬ間に博物館を建てられ、その展示物にされたらしいのだがその経緯はよく知らない。
無論物を持ち込むのも、その保存を確認するのも彼女自身、必然的にこの博物館見掛けのお得意様となる。
……訪れる際にわざわざ客として来る必要は無いのだが、その方が気楽なのだろう、年間パスも館長から与えられているようだから。
そして頻繁に来る彼女にそう館長がいつもいつも対応は出来ない。
よって彼女に展示物の保存状況等を伝える役目の人物が決められた、それが僕だった。
……つまるところ年が若くて一番したっぱに近いため、よく博物館にいるというだけだったのだが。
「お客様は他に居ないのだから特別サービスを要求するわ。」
「お客様は電話一本で博物館の三が日休暇をこじ開けません。代休無いんですよ。」
「よっブラック企業。」
「いつもより多く働いております……」
「いつもは働いてるのかしら?」
「そりゃあなたが見る僕はあなたに応対してる時ですからそう見えませんよ、というより厳密には今も働いてるんですよ。」
「こんな妙齢の美女と話すのはボーナスなのでは?」
「体感的には子守りです。」
笑顔のままひたすら強く頬を捻られた。
遺跡発掘を率先して行う手は、もやしっこ研究員の僕より明らかに強いのです。
ちょっと赤くなった僕の頬を狙って、ほぐしてくる手を払い彼女に問う。
「それで一体何の御用ですか。」
流石にずっと弟のようにいじられてはたまらない。
おそらくあちらが歳上なのは確かだがこちらも成人している身なのだ。
「さてさて、どこから話せば良いのやら。」
「貴女はとても楽しそうですが、僕はそれが何より不安です。」
「じゃあ深刻な顔で話してみようかな?」
「それもそれで不安です。」
彼女はこれを聞いてカラカラと笑ったのちに、機嫌よくこう切り出したのだ。
「さて、一介の研究員たる東当君に、ひとかどの研究者たる京応桜の質問だ。」
「君は、鬼を信じるかな?」
作品名:ちょいと拝借~とある鬼の場合~ 作家名:瀬間野信平