ローゼン・サーガ
「わたくしが、わたくしが〈夢〉の世界でお会いしたお方は、自らを〈精霊の君〉とお名乗りになられました」
老いた精霊の目から涙が流れた。
《そうか、やはりそうであったか、あのお方は〈姫〉であったのだな。お主に〈姫〉は何をお話になられたのだ? 何故〈夢〉の世界は消えたのだ?》
「〈精霊の君〉はお目覚めになられました。そして、わたくしに『――私を探しなさい。そして、逢いに来なさい』と仰られました」
《〈姫〉は何故お主にそのようなことを言ったのだ?》
「わたくしにもわからないのです。わたくしは、これから何をすればよいのでしょうか?」
《お主はキースと供に〈姫〉を探すのだ》
「ですけれど、何処を探していいのか、わたくしには……」
ローゼンの胸は背負ってしまった重みで押しつぶされてしまいそうだった。
何故……自分のような精霊が……? ローゼンはこの場で泣いてしまいたくなった。だが、彼女はぐっとそれを堪えた。
ヴァギュイールはローゼンの表情を読み取って、やさしく言葉を投げかけた。それも自らの口を使い老いた声でしゃべったのだ。
「もっと己に自信を持つのだ」
「長様!?」
ヴァギュイールの老いた声を聞いた者はこの里には誰もいなかった。今ローゼンが聞くまでは――。
「ローゼンよ、お主はこの里でもサファイアに次ぐ優秀な精霊だ。このラルソウムの里は最も巨大な精霊の里、ここに住む多くの精霊は皆優秀だ。その中でもサファイアとローゼンは秀でた存在である。お主は〈精霊の君〉に選ばれた存在なのだぞ」
「わかりました。わたくしにお任せください。必ずや〈精霊の君〉を探し出します。ですけれど、わたくしはどうやって〈精霊の君〉を探せばいいのかわかりません」
《お主に何故〈姫〉が〈夢〉の世界をお創りになられたのか、その後にわしら四貴精霊に何があったのかを話してやろう》
「お願いいたします」
《〈姫〉はわしら四貴精霊がこの世界に存在する以前から世界に存在していた。〈姫〉が何者であるのか、実はわしも知らないのだ。〈姫〉はもしかしたら精霊ではないのかもしれん」
「長様はどうしてそのようなことをお思いになられるのですか?」
《〈姫〉はわしが知る限り、老いることがないのだ。そして、他の精霊にはできぬことを〈姫〉はできた。そのひとつに〈夢〉世界の創造がある。〈夢〉ができる以前は、消滅した精霊の魂は無に還ってしまっていた。〈姫〉は他の精霊がコスモスのように魂までもが無に還らぬように〈夢〉を創り、無に還ってしまうはずの精霊の魂を〈夢〉に留まらせるようにしたのだ。あの〈夢〉を見えれば消滅してしまった精霊に逢えるかもしれない。それがあの〈夢〉が創られた理由なのだ》
「ですが、〈妖精の君〉はお目覚めになられました。何故でしょうか?」
《わしにもそれはわからないのだ。眠りについた〈姫〉は〈黒無相の君〉ケーオスと共に姿を消してしまった。わしと〈蒼魔の君〉ソーサイアに何も言わずにだ。だが、ソーサイアは何かを知っていた、いや、気づいた節がある。結局蚊帳の外にいたのはわしだったのだ。ソーサイアは姿を消してしまった〈姫〉とケーオスを追って旅に出た。残されたわしも〈姫〉を探したのだが見つからず、この地に精霊の里を造り落ち着くことにしたのだ。ローゼンよ、お主はケーオスかソーサイアを探すのだ。そうすれば〈姫〉に辿り着くことができるだろう》
「……わかりました。わたくしにお任せください」
《わしは少し疲れた。少し休ませてくれ……》
ローゼンはヴァギュイールに一礼して部屋を後にした。
目を開けるとそこにはローゼンの顔があった。
「お目覚めになられましたか?」
ゆっくりと起き上がったキースは髪の毛をかき上げ、深い息をついた。
「――不甲斐ないな。私はどれくらい眠っていたのだ?」
「朝までです。東の空に太陽が昇り、まだ数時しか経っていません」
「そうか……」
キースは何かに気が付き、ローゼンの顔を見た。
「ローゼンは、もしかして私のことを看ていてくれたのか――いや、そんなはずはないな」
「一晩中看ておりました。それがわたくしの使命ですから」
ローゼンは一晩中キースがいつ起きてもいいように彼の顔を見つめていた。それを聞いたキースはローゼンから顔を逸らせた。
「そうか、ありがとう。心配をかけてしまった。すぐにでも旅に出よう、シビウは何処にいる?」
「朝食を食べ終えて、外の探索に行ったようです。キース様は朝食をどうなさいますか?」
「いや、腹が空いていないので平気だ。シビウが戻って来たらすぐに里を出よう」
飲み物を飲みながらキースとローゼンはシビウの帰りを待つことにした。そして、しばらくして玄関のドアが開かれた。
ローゼンはすぐに玄関に向かったのだが、そこにいたのはシビウではなく、小さな少女であった。
ローゼンのことを上目遣いで見る少女は小さな声で呟いた。
「ローゼンたちを守るために来たの」
「あの、どういうことでしょうか?」
「長様に言われてローゼンたちと旅をしろって言われたの」
「はあ、あの、お名前は?」
「――フユ、〈四季使い〉の妖精」
二人が話しているとフユの後ろからシビウが現れた。
「誰だい、このチビは?」
チビと言われたフユは鋭い目つきでシビウを睨んだ。だが、何も言わない。
シビウは少しばかり腹にきたが、子供相手に怒鳴るのも大人気ないので、吐き出すようにこう言った。
「愛想悪いねこのチビは」
フユは聞き取れるか聞き取れないか、そのくらいの声でぼやいた。
「――このおばさん嫌い」
「今何て言った!? おばさん? あたしの何処がおばさんだって言うんだい!」
フユはシビウの顔を見て、見下すように鼻で笑った。それを見たシビウはついに怒りを爆発させた。
「腹が立つガキだねえ、少し絞めてやろうか!」
今にも手を出しそうなシビウの腕をローゼンはすぐさま押さえた。
「まあまあ、シビウさん、怒らないでください。この子はフユさんと言って、わたくしたちの旅に同行してくださるそうです」
「こんなチビガキがあたしたちと一緒に!? あたしはごめんだよ」
大きな声をシビウが出していたので、何事かとキースがここにやって来た。
「どうしたのだ? ん、この子は?」
「このチビガキがあたしたちと旅するんだとさ」
そっぽを向いてしまっているシビウは、このフユが自分たちの旅について来ることが反対らしい。
フユはしゃべるのが苦手なのか、面倒くさいのか、黙ってしまって全くしゃべろうとしない。慌ててローゼンが変わりに話をする。
「この方はフユさんと言って、妖精の〈四季使い〉だそうです」
「なるほど、〈四季使い〉の妖精ならば私たちの力になってくれるだろう」
〈四季使い〉の使う魔導は俗に四季魔導と呼ばれ、自然のエネルギーを使って魔導を使い、キースたち魔導士が使う魔導とは根本から違っている。人間の魔導士が使う魔導は特別な〈血〉を受け継ぐことが最低限の条件で、神や精霊の力を借りて魔導を使うのだと云われている。〈四季使い〉の使う魔導は人間には決して使うことができないとされ、使える者は精霊や妖精だけだという。
作品名:ローゼン・サーガ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)